契約
「ふっふっふ。ついにこの日が来た」
場所は自宅の寝室。俺は一人、喜びのあまり顔のにやけが止まらなくなっていた。
「今までの努力は無駄じゃなかった。これで全てが報われるんだからな」
思えば、ここまでこぎつけるのには多くの時間を費やしたものだ。しかし、その時間も俺にとっては全く苦ではなかった。
それもそのはず。俺は復讐のためだけに、生きてきたのだから。
「これで、俺を捨てた会社に復讐できるぞ。ふはははは!」
記憶が確かならば、数年前のことだっただろうか。俺は勤めていた会社を、いきなりクビになった。何でも、ろくに業績を上げない俺を雇っておく理由がないだとか、理由はそんな感じだった気がする。だが、そんなものは嘘っぱちに決まっている。どうせ、会社の業績そのものがよろしくないから、どうにかして人員削減をしたかっただけだろう。
そんな馬鹿げた言い分で解雇通告を突きつける会社なんてこっちからも願い下げであるし、職はまた探せばいい。会社をクビになっただけでは、ここまで根に持つことはなかっただろう。問題は、俺がそれによって失ったものは職だけではないというところにあるのだ。
まず周囲からは「何か悪いことでもやったのか?」とあることないこと好き勝手言われ、噂が噂を呼び友人を失った。おまけに、会社の話で喧嘩になったせいで家族にも逃げられた。つまり、あの会社のせいで人生をめちゃくちゃにされたということだ。ここまでされて、果たして復讐を企てない人間がこの世にいるだろうか? いや、いないに決まっている。
しかし、普通の手段で復讐をしては、あっという間に俺がやったと発覚して豚箱行きだ。そこで、俺が選んだ方法はこれだ。
「覚えてろよ。くくく……」
部屋の床には、チョークで描かれた魔法陣。そして、俺の右手に握られているのは一冊の本だ。
そう、その方法とは黒魔術。世間でも有名な、あの黒魔術なのだ。
そこらで出回っているそういったオカルト関連の情報やアイテムは全てガセネタか、奇天烈な詐欺というのがオチだろう。だが、この本は正真正銘の本物だ。どこどなくそれっぽい雰囲気のある近所の古本屋で購入したのだから、そうに決まっている。
そして今、俺はこの本を使って儀式を行い、念願の黒魔術を発動させようとしている。その効果とは、呼び出せば願いを何でも叶えてくれるという悪魔を召喚し、契約をかわすことだ。
ただし、相手が悪魔というだけあって代償は大きい。その代償というのは、契約者自身の魂である。
文字通り、これを行えば俺は悪魔に魂を売ることになる。しかし、そんなことを恐れて意思が揺るぐほど、決意は脆くない。復讐さえ達成できるのなら、魂でも肉体でもくれてやる。
全ての準備を終え、本に書かれている通りの呪文を唱える。すると、周囲の窓ガラスが揺れ、家具がきしみ始めた。
明らかに、世間一般では怪奇現象と呼ばれる事態が目の前で巻き起こっている。だが、ここで尻込みして儀式を途中で放り投げる俺ではない。
「さあ、出てこい悪魔! 俺の前に姿を現せ!」
部屋の照明が消え、周囲一帯が闇に包まれる。
そして、魔法陣の中心から、ぼうっと光る何かが飛び出してきた。
「お……おお……!」
牛のような頭に、筋肉質の黒い身体。その背には、こうもりを連想させる翼が生えている。
間違いない。こいつは、待ち望んで夢にまで見た悪魔そのものだ。俺はついに、悪魔を召喚することに成功したのだ!
「おい、俺の言ってることがわかるか」
問いに対し、悪魔はゆっくりとうなずく。これならば、話は早い。早速、要求を聞き入れてもらうとしよう。
「なら、俺に力を与えてくれ。何もかもを圧倒するような、人外の力を。その引き換えに、俺はお前に魂を売ってやる」
それさえ手に入れられれば、全ては思いのままだ。会社への復讐はもちろんのこと、俺を今まで馬鹿にしてきた奴ら全員を見返してやることができる。
さあ、悪魔よ。早く俺に、その力を分け与えろ!
「……」
何を思っているのか。悪魔は、何を思ったか俺の顔をじっと見つめたまま沈黙を貫く。
そして、しばらくしてようやく、こう一言呟いた。
「お宅の魂は、うちでは買い取れませんねえ。悪いですけど、他を当たって下さい」
え? はい? 今、何て?
混乱している間に、悪魔は魔法陣に潜っていずこへと消えてしまった。
「あ、あれ……?」
こんな形で、悪魔との交渉が決裂することがあるなんて知らなかった。まさか、契約前に去られてしまうとは。
……それはともかく。悪魔にすら買い取りを拒否される俺の魂って一体。
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