奇天烈新話―小粒ぞろいの短編集―

山田結貴

冥土喫茶

 ようこそお客様。カウンターの席におかけ下さ……え、「あんたがここのマスターか? メイドさんがどこにもいないじゃないか」ですって?

 やだなあ、ここはメイドさんがウェイトレスをしている喫茶店ではないですよ。表の看板をちゃんと読まなかったんですか? ここは冥土の冥に冥土の土と書いて冥土喫茶と……見たところ、説明になってないと言いたそうですね、その表情は。 ……冗談みたいなお顔をなさっているわりには、ジョークが通じない方でいらっしゃるようで。

 い、いやっ失礼いたしました! 私としたことがつい本当のことを。ああ! 帰らないで下さい。お詫びとして当店自慢のコーヒーをサービスいたしますから。

 ええ、もちろん無料で提供いたしますとも。何せ、サービスでございますから。まあ、おかわりをお求めの場合はしっかりと料金を頂戴いたしますけどね。趣味で開いている喫茶店とはいえ、これでも一応商売ですので。

 さ、そうしかめたお顔をなさらずにリラックスしておかけになって下さいよ。見ての通り、店内には閑古鳥が大合唱をしておりますので、私の目の前のお席にでも。あはは、「貧相な顔と面と向かってコーヒーなんてすすりたくない」とは。よっぽど貴方は根に持つタイプでいらっしゃるようで。そんなつれないことをおっしゃらずに、こちらのお席へ。お砂糖もたっぷりとサービスさせていただきますから。

 あ、「砂糖はカロリー控えめの奴で」ですか。顔のわりにそういったことを気にして……ええと、「顔についてのいじりはいい加減にしろ」? ええ、そろそろお客様の額に青筋がうっすらと見え始めましたのでこの辺りでやめておこうと思います。はい。

 では、無駄話でもしながら当店自慢のコーヒーを入れるといたしましょうか。美味しいですよ、当店自慢の超絶最高絶品コーヒーは。もう、香りといい、味といいこの世のものとは思えないくらいの至高の品でございましてねえ。

 あ、今、「自分の店のコーヒーをそこまで自慢するマスターなんて見たことがない。そんなに自画自賛みたいな感じで褒めちぎって恥ずかしくないのか」とおっしゃいましたか? ……いいじゃないですか、誰も誉めてくれないんですから。自分で少しくらい誉めたって、バチは当たらないでしょう。

 え、ああはい。「コーヒーの話はともかくとして、何でこの店は冥土喫茶なんて名前なんだ」ですか。それはですね、この店が建っている場所にちなんで名前をつけたからですよ。

 おや、その様子だとぴんときていらっしゃらないようで。軽いヒントのつもりで聞きますがお客様、貴方は今までどう歩いてきてここに辿り着いたのですか。

 ふむ、「何かいつのまにか暗い道をさまよっていて、気がついたらこの店の前にいた」と。やっぱり何も自覚していらっしゃらないご様子で。めずらしいケースでいらっしゃる。

 冗談抜きに言いますと、この店が建っているこの土地はあの世とこの世の境目なのですよ。つまり、貴方があの世の方ならば気まぐれでここに遊びに来た。貴方がこの世の方であるのならば生死の淵をさまよっているという……ああっ! 「嘘だろおいっ! どうなってんだよぉ!」などと叫びながら取り乱されても困ります! ほら、コーヒーがたった今ちょうどできましたから、これでも飲んで落ち着いて下さい。

 どうです、当店自慢の超絶スペシャル絶品最高美味コーヒーは。え、「褒め言葉がちゃっかり増えたんじゃないか」ですと? 取り乱していても、ツッコむところはツッコまれるようで。あ、いえいえ何でも。そこは認めますが、うちのコーヒー、言うだけあって美味しいでしょう? いくらお客様のお顔立ちでも、リラックスした表情は正直に出てしまっていますよ。

 え、「今、また顔をいじらなかったか?」だなんて。そ、そ、そそそんなことないですよ。はははは。

 あ、ああそうだ。話題を元に戻しましょうか。先程お客様は大変取り乱していらっしゃいましたが、あの世とこの世の境目と言いましても、ここはそんなに悪いところではありませんよ。

 現にこの店にも、あの世やこの世から色々なお客様がいらしましてね、マスターをしている私自身結構楽しんでいますから。

 あっ! お客様、その目は私の話を疑っておられますね。いくら今、店に貴方以外のお客様がいないからってそんな……。こういったことを言うと余計に嘘くさくなるかもしれませんけどね、ここには時の総理大臣がいらしたことだってありますし、世界の偉人が顔を出したことだってあるんですよ。

 この間なんて、あの世からいらした伝説の歌姫と、この世からいらした超大物歌手の方が夢の競演をしてスペシャルステージをなさいましてねえ。

 ……うう、そんな冷たい目で見ないで下さい。私は、本当のことしか言ってないんですから。何か証明するものがなかったか……おお、ちょっとお待ちを。そのスペシャルステージの際にそのお二方に頼み込んでサインをいただいたのでした。えっと、確か……え、「そんなに大事な物なら変なところにしまい込んでないで宣伝として店に飾っとけ」? 私には私の考えがあるんです。ほっといて下さい!

 ほら、これです。これが伝説の歌姫のもので、こっちが超大物歌手の……あ、「俺は芸能人のサインとか疎いからいまいちよくわからない」と。さ、左様でございますか。ははは……はあ。

 じゃあ、これはまた片付けておくとして。お客様は、どのような経緯でここに迷い込んだのですか。さっきの慌て方でも大体察しがつきますけど、貴方はこの世の世界の方ですよね。

 ええと、「そう言われても、気がついたらここにいたから詳しいことはよくわからない」とおっしゃられましても。普通は、この世から来店する方は心当たりというものがあるものなのですけどねえ。

 え、「例えば?」ですと。うー……そうですねえ。例えば、車にはねられて意識を失ったと思ったら暗い道をさまよっていたとか、胸に激痛を感じて倒れたと思ったら店の前にいた、とかですかねえ。

 お、「あんたの話を聞いてたら何となく思い出したことがある」ですか。何か、微妙にお役に立てたようで光栄です、はい。よかったら、私にお話してみてはくれませんかね。

 あれ、どうして嫌そうなお顔をなさるんです? いいじゃないですか、貴方と私の仲でしょう。そんな減るもんじゃないですし、「初対面の客と店のマスターの関係なんてたいして深くないだろうが」なんて言わないで下さいよ。ね、恥ずかしがらないで。いいじゃないですか。ね? ね?

 え、「公園でゴミ箱の横を通ったら、近くに落ちていた腐りかけのバナナの皮を踏んずけてすっ転んで、後頭部を近くに転がっていた石に強打した」?

 ぷっぷぷぷぷっ……あっははははっ! バ、バナナの皮で滑って転ぶ人なんて今のご時世に本当にいらっしゃるんですねっ。あはははっ……ぷっ……ぎゃはははは! ひいひい……あ、も、申し訳ございません。もう一杯コーヒーをサービスいたしますからお許し下さい。も、もう笑いませんから。……ぷっ。

 え、も、もう、わ、笑ってなんて、い、い、い、い、いませんよ。ひい……ぷぷっ。

 いやしかし、大変お気の毒な目に遭われてここにいらしたのですね、貴方は。これはもう、悲劇というか、喜劇というか……いやっ何でもありません!

 でも、お客様みたいな境遇の方は、私初めてお会いしました。こう見えても、マスター歴は結構長いんですけどね。

 え、「別に、見かけ通りだけどな」ですと。それって、褒められてるのかけなされてるのか少々判断に苦しむのですが。ま、ここはポジティブに老けていると言われたのではなく、マスターとしての貫録があるという意味での褒め言葉として解釈しておきますけども。あ、「そろそろ帰りたい」? ですか。

 そうですよね。いくら悪いところとは言い切れないとはいえ、こんなあの世とこの世の境目になんて、長いこと滞在なんてしたくありませんよね。お気持ちお察しいたします。お会計の方は……あ、お客様はサービス分のコーヒーしか飲んでいらっしゃりませんでしたね。ちっ。

 え、「今、舌打ちをしなかったか」? い、いえいえ滅相も。

 では、お客様。またのご来店をお待ちしておりま……はい? 「この店のコーヒー、言うだけあって結構美味かったぜ。もしまたここに来るようなことがあったらまた飲みたい」ですと。それはありがとうございます!

 私、自慢のコーヒーを面と向かって褒められたのは生まれて初めてでして、大変嬉しく思います。何せ当店のコーヒーは、豆にこだわって作ったスペシャルブレンドですから。

 しかも、これだけ褒められるということは、お客様がリピーターになって下さるということも想定の内に入れられるわけで……え、「おい、俺はこれから何度も死にかけてここに来るっていうのか? 冗談はよしてくれ」とおっしゃられましたか。ははは、お客様。冗談は顔だけにして下さい。

 この世の方がこの境目に来るのは何度も死にかけるという大変スリリングな目に遭わなければなりませんが、あの世の方は、死後の行先が地獄でもない限り自分の意思で頻繁にこの境目に来られるのですよ。

 え、「おい、それじゃあまるで俺がこのまま助からないで死んじまうみたいじゃないか」ですか。

 あのですね、お客様。貴方、『よもつへぐい』という言葉を知ってます? そうそう、あの世の世界の食べ物を口にしたら最後、この世の方はもう自分がいた世界に戻れなくなるというあれです。物語とかで小耳に挟んだことくらいあるでしょう?

 いいですか? 当店自慢のコーヒーはあの世の豆とこの世の豆を取り寄せて絶妙にブレンドした、最高級のものでしてねえ……。

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