第36話

 ――彼が案じ、省察し、語った目論見。それを予見出来たと言えば嘘になる。

 だからこそ、凄烈な声音で拒絶に叫んだのだ。

「ふざけるな! 自分がなにを言っているのか、わかっているのか!」

 しかし心のどころかで直感していたことも事実だった。彼ならそう言いかねない、と。

 現に彼は落ち着き払って、当然の結論だと言うほど、もはや揺らぐことのない決意を固めきった語り口で告げてくる。

「もう戦いは終わっているはずなんだ。これ以上、人々に不安な暮らしをさせちゃいけない」

「そうだ、終わったんだ。魔王はいなくなった。なのにどうして、そんなことをする必要がある!」

 激昂をぶつけるが、彼は静かに首を横に振った。

「今は俺が魔王と呼ばれている」

「違う!」

 否定に髪を振り乱す。もはやローブは肌蹴て、赤茶色をした長髪が草原の風に煽られているが、今はそんなことに気を遣う余裕などない。

 それよりも彼をどうにか説得し、彼の語った計画を見直させようとするのに必死だった。

「ヘイルは勇者だ。私は、そんな勇者の弟子として旅をしてきたんだ」

「そうだな……だからこそ、お前にしか出来ない。お前しか弟子を取ってないからな」

 彼の手が、そっと頭に乗せられる。しかし今はそれが酷く辛かった。

 月の緩やかな明かりが照らす中、見上げる彼はじっとこちらを見つめていた。優しく、諭すような瞳。

「魔王が倒れ、世界は平和を取り戻す……だけどそれだけじゃダメだ。次は俺と同じように、お前が魔王にされる」

「だけど、そんな……」

「人々の前で魔王が倒れたこと、そしてお前がそれを成し遂げた勇者であることを示さなくちゃいけない」

 触れていたヘイルの手が、そっと頬を撫でてくる。そうして不意に、身体ごと抱き寄せられた。

 ひょっとしたら彼は、泣いていたのかもしれない。それを隠そうとしたのかもしれない。抱き寄せる腕が震えていることに、ふと気付いた。

 しかし彼は懸命にそれを堪えようとしながら、耳元で囁く。

「俺は二度と、お前に魔王の役をやらせたくない」

「…………」

 なにも言葉を生み出すことが出来ず、黙する。

 否定したかった、拒絶したかった。例えヘイルが魔王と呼ばれるままであろうと、自分が再び魔王になろうと、この場で手を取り、二人で逃げ出すという選択を取りたかった。

 しかし。一度は出来たはずのその選択を、今また取ることが出来ないのは……ここでそうすることが、彼の理想を、意志を、全ての過去を否定することになってしまうと、理解してしまったからか。

 彼が打ち明けてくれた心。それに触れてしまったがために。

「頼む、アデル――俺を殺してくれ」

 ヘイルは身体を離し、剣帯を外した。

 それを、弟子の手に託す。

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