第15話

 彼女はアレストと名乗った。偽勇者の方はブレンダという名前らしい。

 止めてほしいと願った『彼』というのは、やはりその偽勇者――ブレンダのことのようだ。

 曰く――元々、彼女たちは魔王討伐を目指し旅をしていた。ブレンダは実直に剣を学び、アレストは彼を補助するべく魔法を学んだ。

 彼女らの努力は実を結び、事実、兵士が三人がかりで相手をするような魔物も、彼女たちの力のみで討伐することが可能となった。

 それは魔物に怯えるこの大陸において、実に有意義なものだっただろう。正しく使えば、人々を救うことの出来る力だ。

 しかしブレンダは、やがてその使い道を誤り始めてしまった。

 兵士をも超える力を持つという自覚が、反対に何者にも縛られず、思うがまま振舞うことが出来るという悪意へ変貌する。彼は魔物を討伐し、魔王を見つけ出すことよりも、隊商を見つけ出し、そこから金品を奪うことに注力していった。

 やがて、そうするうちに魔王討伐の報せが耳に入った。

 「その時に彼は、それを利用することを思いついたんです」と、アレストは沈痛な面持ちで語る。

 つまりは魔王討伐の勇者を名乗って町に入り込み、賊を追い払うことで、確固たる権力を手に入れようとしたのだ。

 彼はそのために賊を金で雇い、町を荒らして撃退される役を演じさせた。端的に言えば、自作自演か。

「じゃあ止めてほしいっていうのは、そのことなのか?」

 尋ねるアデルに、だがアレストはなおも首を横に振った。

 そして今までよりも心苦しい、耐え難い苦悶の表情を浮かべて、言う。

「彼は次の段階として……賊ではなく、魔物を使おうとしているのです」

「魔物を?」

 彼女の話では、ブレンダは魔王討伐を目指す旅の中で、ある『魔法具』を手にしていたらしい。

 それは異界から魔物を生み出し、呼び寄せる剣。

 明らかに人に害をなす、魔王の武具だ。

「ヘイルの剣とは逆の性質、ということか」

 アデルが示すのはヘイルの持つ、魔を討つために授けられた勇者の剣。しかしそういった物があるのなら、正反対に位置する魔法具があっても不思議はない。

 だが――彼はそれを破壊することなく、なんらかの用途で使えるかもしれないと保管していたらしい。

 それが今、解き放たれようとしている。

 呼び出した魔物に町を襲わせ、それを討伐することで、自らの地位をさらに確固たるものにしようと。

「勇者を名乗るアデルさんの瞳を見て、確信したんです。あなた方は、少なくとも私たちとは違う正しい心と、力を持っているのだと」

 アレストは喉を震わせる涙声でそう呟くと、実際に涙を滲ませながらすがりついてきた。

「お願いです! どうか彼を止めてください……こんなこと、もう終わりにしなければいけないんです!」

 そう詰め寄られた時。端整だと思った彼女の頬、あるいは腕や喉に、青黒いあざがあることに気付いた。恐らくは衣服で隠された中にも、同様の痕があるのだろう。

 それがなにを意味するかは、聞くことが出来なかった。心情的な理由もあるし、なによりも――

「魔物だ! 魔物が現れたぞ!」

 そうした町の住民の絶叫が、ヘイルたちにそれ以上の会話を不要とさせた。間違いなく、ブレンダの所業だ。

「ヘイル!」

「わかっている。今はとにかく魔物を食い止めるぞ!」

 既に町の各所では警鐘が鳴り響き、町の人々が悲鳴を上げている。

 三人は、その混乱を食い止めるべく駆け出した。

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