第13話
再び日が昇った頃、ヘイルたちは宿を出た。
「あの偽勇者たちの化けの皮を剥いでやるんだな!」
朝陽を浴びたアデルの第一声は、そんなものだった。
とりあえずヘイルは、そういう言い方をするんじゃないと嗜め、大通りへ向かう。
昨夜聞いた情報はアデルにも話したのだが、誤った選択だったかもしれない。彼女は未だに例の勇者――アデル曰く『偽勇者』に対して憤慨していた。
しかしいまさらそれを取り戻すことも出来ず、せめて彼女が早まった行動をしないよう気を付けながら、ヘイルは通りの人々に話を聞いて回った。偽勇者について知っていること、素性や噂、彼らが実際に成し遂げたこと、そして彼らへの感情も含めて。
そうして得ることの出来た情報は、しかしおおむね昨夜と変わりなかった。町の人々が彼らを間違いなく『勇者』として扱っていることも。
無論、アデルはなおのこと不満を募らせたようだったが。
恐らくはそのせいだろう。彼女はヘイルの背に隠れることも忘れ、投げやりな所作で手足を放り出しながら通りを歩き、怒りに視界を奪われた結果として……曲がり角から現れた人影に激突した。
「あびゅ!」とアデルの口から悲鳴があがる。この大通りは彼女にとって決して幸運な場所とは言えないのかもしれない。
現れた人影を見やると、それはアデルの怒りをさらに強める結果となるものだった。
鎧を身に付けた男と、ローブをまとう女――偽勇者の二人。
「ぐっ、こいつら……!」
奥歯を噛み締めるように呟きながら、少女は咄嗟にこそこそとヘイルの背後へ回り込んできた。彼らを偽者と主張し、怒りを見せながらも、勇者という肩書きを前にするのは怖気付くのだろうか。
いずれにせよ彼らもこちらに気が付くと、ヘイルを主として睨み付けてきた。
「まだいたのか、余所者が」
「なにが余所者だ! お前たちだって元は余所者のくせに!」
アデルが顔だけ出して食って掛かる。が、相手の方はその理屈を一切無視したようだった。
「俺たちについて嗅ぎ回ってるそうじゃないか。言ったはずだぞ、余所者が出張ったマネをするな。この町は勇者である俺が守っているんだ。それを乱すことは許さん」
勇者――その言葉に、アデルはさらなる激昂を燃やしたらしい。
とうとうヘイルの背から抜け出て、真っ向から対峙する。
「なにが勇者だ! お前たちなんか……偽者のくせに!」
「……なんだと?」
今度は無視できず、鎧の男がぴくりと眉を吊り上げる。錆色の双眸を威嚇に細めるが、アデルは一切退かなかった。
ヘイルが止めようとする手を押しのけて、
「許せるものか! こんな偽者が、真に勇者たるヘイルを愚弄するなどとは!」
周囲にはいつの間にか人垣が出来ていたらしい。その群集が大きくざわめいた。無理もない。町の英雄を偽者扱いし、見知らぬ旅人が勇者を名乗り出したのだから。
ただし彼らが騒ぐ大半は、呆気に取られて馬鹿にするようなものだった。
そして偽勇者も同様に、しばしきょとんと瞬きしてから……やがて盛大に笑い出す。ローブの女が止めようとするが、それを振り払って嘲笑に叫ぶ。
「お前が勇者だと? 喧嘩を売るつもりなら、もう少しまともな嘘を考えた方がいいんじゃないのか?」
「嘘ではない! これは紛れもない真実だっ!」
「なにが真実だ。そんなこと、誰が信じると思ってるんだ?」
問われ、アデルは言葉に詰まって周囲を見回した。多くの民衆。そこから返ってくるのは冷ややかな反応ばかりだった。その場の誰しもが――やむを得ないだろうが――アデルの言葉を信用していない。
「ぅ、ぐ……」
「おら、どうしたんだ? なんとか言ってみろよ」
沈黙すると、さらに馬鹿にするような調子でなじってくる。
ヘイルが勇者である事実。それを証明する術は、実のところないわけではなかった――単純な話だ。自分が魔王だと明かせばいい。顔を見せ、家のひとつでも破壊してみせればいい。
だが、そんなことは出来なかった。そんなことをすれば、また死の恐怖を味わうことになってしまう。
それに、なにより……
「…………」
ちらりと横を見上げる。
真なる勇者、ヘイル。彼と刃を交えることになってしまうかもしれない。それだけは避けたかった。自分でも不可解なほど、そう思ってしまう。
それは彼に対する憧れや羨望、尊敬の念のためか。そのどれでもあるようで、しかしどれとも少しずつ違う気がしたが、結局は明確な答えは出せない。
しかしいずれにせよ、ヘイルと戦うことだけはなんとしても避けなければならない。そのために、自分が魔王であることを明かすことは出来ず、そのために彼が真の勇者であると証明することが出来ない。
そのジレンマによってどうすることも出来ず呻いていると――当の勇者が、見かねた様子でアデルの前に進み出た。庇うようにアデルの前に腕を伸ばし、言ってくる。
「もういいだろ、アデル。こんな子供じみた言い争いに意味はない」
「でも、でも……!」
涙の滲む目で、すがりつくアデル。偽勇者の方はその光景を、自らの勝利の証としたらしい。
「本人自ら敗北宣言とはな。余所者が勇者の前でふざけたマネをするから――」
「……こちらも、もういいでしょう」
それを止めたのは、ローブ女だった。鈍色のローブの下から出した手で、男の腕を掴んでいる。
男の方は、それを不服として振り払ったが。
「あん? なに言ってやがる。こういう奴はな、きっちりわからせてやらねえと調子に乗るんだよ」
「これ以上は無為なこと。相手が止まったのなら、それで容赦すべきです。……名誉のためにも」
「名誉だと?」
説得に――しかし男は唐突に、妙な余裕の表情を見せた。突如として笑い出し、やがてローブ女の眼前に顔を寄せる。
彼はなにか囁いているようだった。ヘイルたちには聞き取ることが出来なかったが――
「いいか、名誉なんてものはすぐに取り戻せる。これから、いくらでもだ」
「まさか……本気であれを!」
女の方が驚愕すると、偽勇者はそれで満足したらしい。それ以上は囁くのをやめ、さらにもはやヘイルたちへの興味も失ったように、悠然とした足取りで横を通り過ぎていく。女はしばし、呆然として置き去りにされていた。
偽勇者の背に犬歯を剥き出し、舌を出すアデルをヘイルが嗜め終える頃、仲間の女はようやく男を追いかけることを思い出したようだった。
そして二人の横を通り過ぎる時――僅かにその踵を上げると、ヘイルの耳元で囁く。
「……今夜、あなたの泊まる宿の裏へ」
「えっ?」
突然のことに声を上げ、振り向くヘイル。しかし彼女は声を発した事実などないかのように、何事もなく小走りで偽勇者の背を追っていった。振り返ることもなく、やがて見えなくなる。
「な、なんだ? まさかあの女……」
混乱の中で、どうやら地獄めいた聴力で先ほど声を聞いていたらしいアデルが、何故か激しい動揺と驚愕を見せた。
彼女は震える喉へ悲鳴のように叫ぶ。
「まさか、ヘイルを色香で篭絡しようとしているのか!?」
「子供がそんな言葉を使うんじゃない」
「誰が子供だっ!」
さておき――
ヘイルは怪訝に、彼女が過ぎ去った方角を見つめた。
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