第8話

 二人で旅を始めてから、どれほどの日数が経過しただろうか。

 と、アデルは街道を歩きながら、なんとなしに考えた。

 ときおり強く吹く風に、自分の姿を隠す黒いローブが飛ばされないようしがみつく。砂が入らぬように目を閉じ、開くと、そこには変わらず、短い金髪を揺らす勇者の背中があった――こうした光景を何日見続けてきたのか。少なくとも数日ということはあるまい。二桁には達しているはずだ。既にそれくらいの時間、共に旅を続けている。

 アデルは思い出すように振り返るが、そこには町も村も見えず、荒れた感のある道が続いていた。城から離れれば離れるほど、街道の荒廃は顕著になっていく。

 魔物と争った名残だろうと、ヘイルが説明してくれたのを覚えている。まだ魔物が駆逐されていない現状では、兵力の整った場所――要するに城の周辺から、少しずつ修繕を進めていくしかないのだ、と。

 実際、これまでも数度に渡って魔物と戦うことがあった。道中で不意に襲われたこともある。背後をつかれた時は、ヘイルが咄嗟に魔法を打ち放って撃退してくれた。「大丈夫か? 怪我はないか?」と過保護なほど心配してくれる様に、「私はちょっとやそっとじゃ死なないぞ」と返した直後に死にたくなったのを覚えている。

 そしてそれが最後の会話だった気がするのだが……果たして何日前のことだったか。

「…………」

「…………」

 街道を歩く中、二人の間には無言の時間が流れ続けていた。発される声は、砂埃にくすぐられたアデルのくしゃみくらいのものだ。

 気まずいなにかがあったわけではない。ただ、ヘイルは元よりさほど口数が多いわけではなく、アデル自身もなにを話していいかわからなかった。なにしろ、今までずっと城に引きこもっていたのだ。誰と言葉を交わすこともなく。

 会話とはなんなのか、どうすればいいのか――

 アデルの頭には、そんな疑問がぐるぐると回り、結果として会話はなくなった。

 しかし、ずっとこうしているのも気が引ける。少なくともアデルはそう感じ、焦っていた。少し前を歩くヘイルは平然としているが、二人旅で黙り続けるのは気まずい、と。会話とはなにをどうすればいいのか、という時点で躓くくせに、そうしたことばかり気にかかってしまう。

 それでもアデルはなんとかこの沈黙を打ち破ろうと、必死に会話の弾む話題を探した。様々に相手の対応を想定し、これだと感じるものを見つけ出す。

「あ、あの、ヘイル!」

「…………」

「えっと……ヘイル?」

「ん……あぁ、すまん。ちょっとぼーっとしてた」

「そ、そうか。えぇと……」

 出鼻を挫かれ、早くもへこたれそうになるが、アデルは負けずに続ける。

「その、実は昨日、不思議な夢を見たんだ」

「へぇ」

「えと、そこでは私たち二人が、檻の中で見世物にされていて――」

 少しだけ早足になってヘイルの横に並ぶと、アデルは懸命に話し始めた。

 出来るだけ大げさになるように、時にはぎこちなくも身振り手振りを交えながら。

「――それで、最後はみんなが輪になって踊るんだ。それもさっき話した、私が夢の中で開発した勇者音頭を!」

 無事に話を完結させ、アデルは達成感に包まれながら言い切った。

 緊張と興奮のせいで目が熱くなり、僅かに鼻息も荒くしながら、期待に満ちてヘイルを見上げる。

 ……しかし彼は天気の様子を心配するように、流れる雲の方に目を向けながら。

「へー、そんな夢を見たのか」

「…………」

「…………」

「……死のう」

「なんでだよ」

 へこたれて項垂れると、その時になってようやく彼はこちらを向いた。

 アデルは目尻に涙すら浮かべながら、

「これは絶対に盛り上がる話だと思ったのに、ちっともだったから……」

「そんなことで死なれても」

「うぅぅぅ……」

 もはや落ち込みで平衡感覚も掴めず身体を斜めにして呻く少女に、どうしたものかと頬をかくヘイル。

 そうしていると、ヘイルは道の先に馬車を見つけた。荒廃した路面の窪みに車輪を取られたらしく、御者が必死に車体を押している。

 ヘイルは少し駆け足になってそこへ向かうと、御者に手を貸し馬車を押し出した。

 すると彼は何度も礼を言うと共に、「今は客もいないから、先の町へ行くなら乗っていってくれ」と申し出ててきた。それも無償で、と。

 さして急ぐ旅でもないので、どうするべきかと考えるが――

「あの話じゃダメだったのか……でも他に思いつくものなんてないし……」

 呟きながら、心ここにあらずでとぼとぼと自分を追い越していく少女の姿を見つけて。

 ヘイルは素直に、御者の厚意を受けることにした。

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