短編集

津々樹 慎哉

閉じられた輪

線路の前、道を挟んで向こう側に立っている少女を見た瞬間


俺の世界から音が消えた


線路を走る電車の音、楽しそうに話す親子の声、横にとまったバイクのエンジン音、こっちに向かう人々の足音、町の呼吸音


音がなくなった世界で俺は少女から目が離せなくなった

ひどく懐かしく恋しく愛おしく

        ひどく寂しく辛く憎らしい


たくさんの逆の感情があふれ俺は手を伸ばせなかった


電車が通り風が髪を巻き上げ俺と少女の間に薄い壁を作り上げた


 「・・・。」


ひらいた口からはどんな言葉も零れ落ちてはくれなかった


少女はゆったりとした動作で俺のほうを見た


 「君はまた戸惑ったね。」


音のない世界で唯一空中に放たれた音


その音が俺に刺さった


 「次君に会えるのは、君が次に生を受けて迎える今日ね。」


後ろから物凄い勢いで走ってくる車が目の端に映った

 

 「君が戸惑う限り、君は犯罪者になり続ける。」


グチャッドギャッ


肉と硬いものがつぶれる音が聞こえたと同時に俺の世界に音が戻ってきた


騒然とする周囲とは別に俺は何度も見た光景に目を向ける


踏切と軽自動車に挟まれた少女だったはずの肉の塊


 「俺は、まだ・・・抜け出せない。」


あと70年この光景を忘れることもできず生きていく


そして


何も知らずに生まれてまたこの場に立つのだ


あの瞬間に彼女の手をとらない限り俺は抜け出せない


何度もあの光景のあの瞬間のために生き続ける運命さだめ


彼女は言う”君が戸惑う限り犯罪者になり続ける”


いつかその罪が抱えられなくなったとき俺はどうなるのだろうか?


いつかこの運命さだめから抜け出せる日が来るのだろうか?


ああ・・・長かったこの生ももう終わる


次こそは罪を犯さないように

       

 彼女の手をとれるように願って俺の生は終わりを向える



そして何も知らないオレが俺と同じ運命さだめに縛られて



     この世界を生きていくのだろう





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