オムライスはいかが?3
「男は強さだ」
気を取り直して、次の勝負である。
公園へと移動したノウルは、刃を潰した剣をギイへと放り投げた。
「惚れた女一人守れねえようじゃ、男とは言えん」
ギャラリーが沸き立つ。
ノウルは剣の切っ先をギイに向けた。
「時間は無制限。『まいった』と言わせた方が勝ちだ」
「ふうん」
ギイは面白そうに目を細める。
彼は普段から腰に剣を差している。武術の心得があると考えることは難しくない。ソフィの予想通り、ノウルは相手の土俵でも闘うつもりらしい。
「待って」
ソフィは二人の間に割り込んだ。
「いくら刃がなくたって危ないよ。料理対決とはわけが違う。怪我でもしたらどうするの」
「怪我くらいで尻込みされてたんじゃ、ソフィを任せられないな」
「そういう問題じゃない」
「ソフィ」
ギイがやんわりとソフィの肩を押す。
「大丈夫だよ。さがっていて」
「ギイ、分かってるの?」
「何が?」
ソフィは声を潜めた。
「剣が当たって、怪我をしなかったら……人形だってバレてしまうかも知れない」
「――僕の心配をしてくれていたの?」
ノウルのことだけを案じていたとでも思っていたらしい。ギイは心底意外そうだった。
「どっちも心配だよ。当たり前でしょ」
「ソフィは優しいね」
ギイはノウルの方へ一歩進み出た。
「心配しないで。ようは当たらなければいいんでしょ?」
「あ、当たらなければいいって――」
「当てさせないよ。彼にも、怪我はさせないから」
温和な笑顔で言い切ると、ギイは中央へ歩いていった。
こうまで断言されればソフィも引き下がるしかない。渋々二人から離れ、観客たちにまぎれた。
「王子様、強いの?」
セリーヌが目を輝かせながら聞いてくる。彼女はこういった荒事が大好きなのだ。
「分からない」
運動能力という意味では、人形であるギイに分がある。
ただ、ノウルは師に就いて剣を学んだ経験があるそうだが、ギイはどうだろうか。物腰柔らかな彼が剣を振りまわす姿など、想像できなかった。
(そういえば、全然聞いたことないな……)
どんな生活をしていたのか。どんな人達と、どんな風に関わってきたのか。あまり興味を持っていなかった。
「――でもまあ、どちらにしろいい結果にはなりそうね」
「え?」
セリーヌは含み笑いをした。
「王子様、結構いろんな噂が飛び交っててね。なんせ最初がソフィへのプロポーズでしょ?」
「……だからそれは誤解……」
「で、あのきらびやかな外見でしょ。貴族のお坊ちゃまが、庶民の人形師にちょっかい出してるとか、女漁りしてるだとか」
「ギイは――」
「分かってるわよ。人見知りのソフィが結構心を開いてるみたいだし、一癖ありそうだけど、悪い人ではないと思うわ」
ソフィがギイに心を許しているのは彼が人形だからなのだが、それはセリーヌの知るところではなかった。
「リナエルの件もあるし、悪い印象はあまりないみたいなんだけどね、それが逆に憶測を呼んじゃって。ちょっと悪目立ちしてるのよ。浮いてるっていうか。だから孤立しかねないって、心配したんじゃないかしら」
「――ノウルが?」
「そ。こういうイベント事で親しみを感じれば、馴染みやすくなるでしょ? ……ま、ソフィを心配してるってのもあるんだろうけど」
ノウルは公園の中央で、なにやらギイに文句のような、講釈のようなものを垂れている。いちいちそれにギイが反応し、観客たちは興奮気味に歓声を上げていた。
「……いい人だね」
「……そうね。やっぱりいい人で終わるのよね」
セリーヌの同情をこめた溜め息は、やはりソフィには届かなかった。
特に開始の合図などはなかった。
言葉での応酬が減り、だんだんと観客も野次を控えはじめる。無言が続き、冬の清流のような鋭く冷たい空気が流れだした頃だった。
――先に動いたのはノウルである。猛烈な勢いで踏み込むと、下からすくい上げるように剣を振り抜いた。切っ先がギイの顎をかすめ、彼の金髪を浮き上がらせる。
ギイは一歩後退していた。続けて二歩、三歩とさがり、次々に翻る刃をかわしていく。
一撃が放たれるたびにソフィは身をすくませ、ひやひやしながら二人を見つめていた。
――初めのうちは。
少なくともノウルは本気だ。試合に臨んでいるときのような真剣味が感じられる。稽古用の剣とはいえ、あの強さで下手に打たれれば痛いでは済むまい。
にもかかわらず、ギイは笑みを絶やしていなかった。
軽い動作で剣から逃れては、牽制するように攻撃へと転じ、時折刃を合わせて間を作る。息もつかせぬ攻防の最中だというのに、その動きにはどこかゆとりがあった。
(……遊んでる?)
気づいた瞬間、ソフィの中で凍りついていた感情がゆるゆると溶けていく。
間違いなく彼は遊んでいた。
ノウルを軽んじているわけではない。それは猫が兄弟たちと転げまわっているような――遊びを楽しんでいる風であった。
(剣が好きなのかな)
そもそも体を動かすことが好きなのか。あるいは誰かと打ちあうのが楽しいのか。もしかしたら、こうして人と関わっているのが心地良いのかも知れない。
いつもの穏やかな微笑みではなく、生き生きとしたその笑顔を見ていると、思わず口元がゆるみ、ソフィにとっては不本意な今日一日のこともどうでもよくなる気がした。
「――あっ」
誰かが息を呑んだ。
一瞬どよめきが起こり、全員の視線が空へ滑る。
高々と跳ね上がる一振りの剣。
それは大きな音を立てて使い手の背後へと落ちた。
――そう、ノウルの。
「……………」
悔しげに前を見据える彼の鼻先には、ギイの剣が突きつけられている。
ギイがにこりと笑うと、ノウルは深い溜め息をついた。
「……俺の負けだ」
すさまじい喝采が巻き起こった。
「ね、大丈夫だったでしょ?」
ノウルを負かすなり、ギイはソフィのところへ戻ってきた。
ソフィの目には褒めてと尻尾を振る忠犬に映ったが、勝負を制した直後では、周囲の人々は別の意味に捉えるだろう。隣にいるセリーヌも含めて。
「……剣が好きなの?」
気にするのはよそう、とソフィは思った。
「剣? 特別好きだと思ったことはないけど。どうして?」
「すごく楽しそうに見えたから」
「ああ。楽しくはあったかな。以前は毎日剣の稽古があったんだ。人と打ちあってるのは面白かったよ」
「へえ……」
「強いのね、王子様。驚いたわ」
セリーヌが軽く拍手する。
「ありがとう。でも、僕は王子様じゃないよ」
「あら失礼、ギイ。あんまりかっこいいものだから、ソフィも見とれていたわ」
「え!?」
驚くソフィ。
ギイはきょとんとして、それから甘い笑顔をたちまちのうちに作り上げた。
「本当? 嬉しいよ」
「見とれてない。勘違い。セリーヌ!」
「――さぁさ、そろそろ最後の勝負じゃないかしら?」
白々しく手を打ち、セリーヌは公園の中央へ――ノウルの方へと歩み寄る。
「お互い一勝一敗。次が最後よね」
「だろうな」
ノウルは座り込み、息を整えていた。しかし、セリーヌの笑顔を見たとたん警戒心をあらわにする。
「あたしに提案があるの」
「提案?」
「あなた達、一番大切なものを忘れていないかしら」
と、セリーヌは艶やかな黒髪をなびかせて、ソフィの方を振り返る。
「ソフィの気持ちよ」
観客のざわめきが大きくなる。ソフィは本日二度目の嫌な予感に襲われた。
「どれだけ二人が競っても、選ぶのは結局ソフィだわ」
(それを言ったら、これまでの勝負は一体何のために)
疑問が湧いたが、とりあえず黙っておく。
「そこで、最後の勝負方法はソフィに決めてもらったらどうかしら」
「……え」
すべての視線がソフィに集中する。
「もしかしたら、どちらかに有利な勝負になるかも知れないわね。でもそれは、ソフィが彼を望んでいるということだわ」
「ちょ――」
話が妙な方向にいっている。
そもそもこの対決は、ノウルの真意はともかく、少なくとも表向きはギイを試すためのものだ。別にノウルとギイがソフィを巡って争っているわけではない。
だが今のセリーヌの言いようでは、最後の勝負で勝った方がソフィの恋人になると受け取れてしまう。
「待って、それじゃ色々誤解を――」
「……いいだろう」
ノウルが立ち上がった。
「ええっ!?」
「僕ももちろんいいよ」
ギイは当然二つ返事で了解し、観客たちは期待に満ち満ちた目でソフィを凝視する。
待っている。ソフィの決定を。
「……………」
逃げることは許されそうもなかった。
ならば――
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