2、出立前に≪2≫


「失礼いたします。お呼びにより、参上いたしました」

マリーは扉をノックした後、上官に対する言葉でおとないを告げた。

すると、間髪入れずに丁寧な仕草で扉が開かれる。

「マリー殿下。わざわざかようなところに御足労くださり、ありがとう存じまする」

出迎えたジークハルト・ベンストンは、すかさず臣下の礼をとった。

それに、マリーは同じく礼をして返す。

本来なら『お招きありがとう』と、王女らしく余裕の笑みで返すところだが、彼女は違う。自分より年上の人間や、尊敬に値すると思われる人間には、きちんと礼を返す。

今でこそ自分の地位や身分に関わらず、気取らない良いお方だと、ジークハルトは思っている。

しかし、かつては『フロシアの王女様が、軽々しく臣下に頭を下げるべきではありませぬ』と、お諌めしたこともあった。

だが当の本人マリーは、ちょっと目を丸くした後、『いやですね。あなた様までそんなことをおっしゃるとは』と言って、からからと笑った。

『大丈夫ですよ。そんなに心配なさらないでください』

何が大丈夫なのか。そう眉をひそめたジークハルトに、彼女はこう言った。

『私も、自分が一国の王女であることは、十分わかっております。剣を振るうような私でも、王女教育はきちんと受けております。王女らしい振る舞いも、やれと言われればいくらでも出来ますよ』

しかし、と彼女はさらに続けた。

『私はあえて、やらないのです。それに目上の人や尊敬に値すると思う人に礼を尽くすのは、人として当たり前です。私は王女でありますが、まだまだ人としては未熟です。それは、私が一番よくわかっております。…………何より、私には経験が足りません。人生経験も、官吏としての経験も。だから、あなた様のような長い年月を生きて来た者に敬意を払いたい、と思っているのですよ』

ですから、ね。彼女は片目を瞑って微笑む。

『頼みますから、口のうるさい女官や、能無しのくせに、やたらと権力や身分にしがみついて自分は偉いと声高に叫ぶような老害ジジイどもと同じようなことを、二度と私におっしゃらないでくださいね』

美しく微笑みながらこのような毒を吐いたマリーに、ジークハルトは内心ソゾーっとしたものだった。


閑話休題。


互いに礼をした後、マリーはジークハルトに進められるまま、応接室のソファーに座った。

マリーと向き合うようにジークハルトもそれに座る。

そこにすかさず顔馴染みの官吏がお茶を運んで来た。

それを小さく礼を言って受け取ってから、マリーは改めてジークハルトを見る。

ジークハルトは黙ったまま、お茶をもらっていた。何一つ話そうとする素振りを見せない。

事前に人払いをしてあったからだろうか。

お茶を運んでくれた官吏が部屋を辞すとそこは静かになった。

「さて。マリー殿下。お話を、いたしましょうかの」

ジークハルトが、静かに口を開いた。

それに、「はい。お願いいたします」とマリーは返す。



午後の昼下がりの中、ジークハルトが口火を切ったのを合図に、二人の話は始まった。





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