Envy

 その後、マリが炊事洗濯その他雑用を担当することとなった。

 あの激マズ料理を毎日食べることを考えると、死にたくなった。


「きみはなぜ、そんなに魔術が好きなんだい?」


 マリが作り直した野菜スープを飲みながら、師匠に問いかけられた。

 特に理由はなかった。

 いつの間にか金欠になるまで魔術関連の本を買ったり実践してみたりしていた。


「……強いて言うなら、羨ましかったから。ですかね」

「……」

「ファンタジーな世界って、誰でも憧れるんですよ。私の場合はそうでした。呪文を唱えると何でもできる。ドラゴンがいる、勇者がいる、モンスターがいる。そういう不思議な世界に行ってみたい、っていう憧れ、妬みが混ざって少しでも近付こうと調べていくうちに好きになりました」

「羨望、か…」

「です!」


 底の浅い、小さなバスケットに入っている丸いパンを二つ掴み、一つをマリへ渡す。


「……」

「……カビてないし、普通のパンですよ」

「いただきます!」


 そう言って、マリはパンに噛り付いた。それはとても美味しかった。


「はあ…」

「師匠は、なんで魔術師になろうと思ったんですか?」

「……なろうと思ってなったわけではありませんよ。いつの間にかこういう生き方になってました」

「へー」

「聞いといて関心が薄いですね」

「あんまり興味のない回答だったので、残念がってるだけです」


 もう一つ、とマリはパンに手を伸ばす。師匠はスープを一口。


「師匠って、彼女とかいないんですか?」


 その唐突な質問に、師匠は一瞬眉を寄せる。


「…………いましたよ」

「どんな方でした?」

「きみみたいに元気で、よく笑う女性でした」

「でしたってことは、フラれたんですね!」

「……まあ、気持ちを伝えて以来、会っていません」

「今度、私に会わせてください!」

「いいですよ」

「マジですか! 絶対ですからね!!」


 食べ終わり、後片付けも終わった。


「師匠へい!」

「その前に掃除をしてもらいたいですね」

「掃除はあとです。それに十分綺麗ですへい!」

「今日は天気がいいので、掃除をしてから文字の勉強をしましょうね」

「……へーい」


 杖を持ちながら言われたからにはやるしかない。

 師匠がちょっといろいろ怖い人だと分かった初日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る