第2話 目覚め
「知らない天井だ」
目が覚めると、真っ白な天井が視界に入った。
継ぎ目も汚れも何も無い、ただただ真っ白な天井だ。
生涯に一度として見たこと無いほどの潔癖さを放っているその天井は、どうもこの場所がこの世では無いように思われる。
「って、確か私は……崖から落ちて死んだんじゃなかったか?」
しかしそれにしては身体に痛みを感じるところなどは無かった。
あれだけ痛かったのに、今は全く平気だ。
軽く手を上げてみる。なんだか、多少違和感がある。
以前より身体が軽く感じられるというのは、一体どういうことなのか。
「フッ!」
ちょっと体に力を入れただけで飛び起きることが出来てしまった……。
以前よりも明らかに身体能力が向上している。
身体が羽根のように軽いとはこのことだろう。
しかし、私は崖から落ちて……いや、この光景はもう思い出したくないな。
となると、これは……きっとアレだな。
仮死状態で見ている夢の中か、或いは本当に死んでしまったか、だな。
なぜその二択なのか? それは簡単だ。
ここは、あまりに現実味が無さ過ぎる。
向上した身体能力もさることながら、この部屋もなかなかどうして奇妙なものだ。
天井と壁と床が継ぎ目なしに繋がっているというのは、現代の科学技術では無理なんじゃないかな。
仮にできたとしても、相当の金が掛かっている筈で、私のような得体の知れない人間に縁のある部屋ではない。
そもそもの話、窓も扉も光源も見当たらないのに、どうして部屋の中は真っ暗じゃなくて真っ白なんだ? おかしいだろ?
誰かが説明してくれるわけでもないから、自分で納得できる答えを取りあえず出しておくことにするのだ。
答え:あの世or仮死状態で夢の中
正解とは程遠い可能性もあるが、取りあえずこれで安心できる。
何らかの答えを見つけておくというのは、精神的に安心できるものなのだ。
人の生き死にとか、人生の意義とか、深い意味の無いものなども、結局は人間が安心するために作り出されたものだと私は思っている。
安心は、人間の心に余裕をもたらすからだ。
これまでも、そしてこれからも、私はいつでも心に余裕を持った人間でありたい。
しかし、どちらの答えにしても出口が無いというのが気に入らない。
潔癖すぎる真っ白い部屋も、どちらかと言うと綺麗過ぎて我慢ならない。
生前の私は、もっと薄汚れて暗い部屋で寝起きしていたからな……どことなく落ち着かない。
「どっか破壊できないかな……」
今の身体能力なら、柔らかそうな白い壁くらいなら簡単に破壊できそうな気がする。
よし、手を痛めるかも知れないが、それくらいは我慢してやろうじゃないか。
どうせ既に死んでいる身の上なのだ。きっと痛みなんてないだろう。
やりたいことをやってやろう。
もし仮に痛覚があるとしても、壁を殴って痛がるのはオツなものに違いない。
何せ前世では壁を殴って拳を傷めたことなどないからな。壁の方が壊れたことしかないんだ。
だが、ここは死後の世界で、夢の世界だ。
万に一つの可能性があるかもしれない。
だから、壁を少し調べることにする。調べてから殴ったって遅くはないのだ。
誰だって無意味に拳を壊すよりは、相手に少しでもダメージを与えるために下調べをするものだ。
幼い頃を思い出してほっこりする。
最初は私も壁を壊せなかった時があったなぁ……。
手の平でべたべたと壁を触ってみることにする。
どことなく、プラスチックみたいな感触に似ているな。でもプラスチックよりは硬い印象だ。
軽く手の甲で叩いてみる。軽めの音が跳ね返ってきた。
手応えもそれなりで、壊せないとは思えない。うん、壊そう。
深く息を吸い込み、深く息を吐く。
呼吸を整え、身体全体に流れる力を静かに汲み取っていく。
……今ッ!
「ふっ!」
息が吐き出されると共に、拳が自然に前に出た。
我ながら良くこれまで鍛えたものだと思うし、なかなか会心の一撃であると自賛できる力強さを出せたと思う。
だが、拳が当たる直前に私は確かに見た。
壁はぐにゃりと形を変え、その会心の拳を受け止めたのだ。
「なんなんだ、これ……」
「衝撃をあらゆる方向に受け流す壁だ。中からは決して破壊することはできないと思ってくれて良い」
私の呟きに答えた声は、壁の向こう側から聞こえてきた。
私が拳をおさめる間もなく、目の前の壁が溶けるように消失し、そこから一人のおっさんが現れた。
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