第百二十五話 吊るされたもの
吊るされるというのは、あまり良い響きではない。だが、実際には多くのものが吊るされていて、吊るされることによって大事な役目を果たしている。
洗濯物、干物、吊り広告、干し柿、吊り橋……みんなそうだ。吊るされないことには始まらない。
◇ ◇ ◇
天秤。
棒と紐さえあればこしらえることができるもっとも簡易な秤量器具であり、
しかし。天秤は同時に不正の温床でもある。等しい重さのものでも、吊り下げる位置を少しずらしただけですぐに傾く。また、持ち手と天秤棒を固定してしまえば、何をどのように吊るしたところで傾かない。
公平とか公正というまやかしの言葉に騙されず、両端に何が吊るされているのかをしっかり見ておいた方がいい。
◇ ◇ ◇
縄のれん。
飲み屋の隠語として、ごく普通に使われている。布を下げたのれんと異なり、ばさつかないので通り抜けやすい。店内が丸見えになるのを防ぎつつ、客の出入りを妨げない。
上から吊るされているのはその名の通り縄であり、そいつが着目されることはまずないと言っていい。縄は、憂さだらけの外界と一時憂さを晴らす飲み屋を隔てる境界線としてはあまりに心もとない。しかし、いずれ現実に戻らなければならない以上、脱出を妨げる物体が吊り下げられるのはまずいのだろう。
実際には、入りやすく出にくい呪いも一緒にぶら下がっているけどね。なあ、ご同輩。
◇ ◇ ◇
ハンギング。
花を植え込んだ鉢物を、軒などに吊り下げたもの。植え込まれる植物は、上に伸びるタイプより垂れ下がるタイプが多い。
本来地面に咲く花を吊り下げるのは、自然の法則に反していると思う。まあ、地面を見下ろすことすら面倒臭がるものぐさな現代人には向いているのだろう。
ハンギングの普及は、目線の高さにある植物の多くが撤去されているという都市の現実を如実に反映している。
そんなハンギングを見上げながら、ふと思う。森の底に沈んでいたはずの人間は、いつの間に何もない虚空に吊し上げられてしまったんだろうな、と。
◇ ◇ ◇
様々に吊るされているものを見て、じわりと苦笑する。
ああ、自分も吊るされている。足が全く地に着いてないな。
【 了 】
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