第八話 小さな傘
小さな傘をさしている若い女性が、街角に佇んでいた。雨の勢いが激しくて、女性は傘をさしているのにずぶ濡れになっていた。
その様子を見かねたあなたは、女性に歩み寄って声を掛けた。
「その傘では小さすぎるでしょう。濡れてしまいますよ。私の傘をお貸しします」
女性はあなたの方に振り向き、少しだけお辞儀をして微笑みながら答えた。
「ご親切に、ありがとうございます。でも、わたしはここで人を待っているんです。彼が大きな傘を持ってきてくれるので、大丈夫です」
「ああ、そうでしたか」
あなたは、余計なお節介をしたかも知れないと幾許か鼻白み、そそくさと女性から離れた。
その後黙ってしばらく雨の中を歩き続けたあなたは、ふと。
「あ、失敗した」
そう思った。
もし、あなたが『お貸しします』ではなく『差し上げます』と申し出れば、その傘は受け取ってもらえたかもしれない。
あなたの申し出は、決して下心があったからではない。本当に傘が返して欲しかったからそう言ったわけでもない。なんとなく……そう言ってしまったのだ。
あなたは足を止め、踵を返したが、先程の場所にすでに彼女の姿はなかった。そしてあなたは。
小さな傘から滑り落ちた雨で……ずぶ濡れになっていた。
【 了 】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます