第八話 小さな傘

 小さな傘をさしている若い女性が、街角に佇んでいた。雨の勢いが激しくて、女性は傘をさしているのにずぶ濡れになっていた。


 その様子を見かねたあなたは、女性に歩み寄って声を掛けた。


「その傘では小さすぎるでしょう。濡れてしまいますよ。私の傘をお貸しします」


 女性はあなたの方に振り向き、少しだけお辞儀をして微笑みながら答えた。


「ご親切に、ありがとうございます。でも、わたしはここで人を待っているんです。彼が大きな傘を持ってきてくれるので、大丈夫です」

「ああ、そうでしたか」


 あなたは、余計なお節介をしたかも知れないと幾許か鼻白み、そそくさと女性から離れた。


 その後黙ってしばらく雨の中を歩き続けたあなたは、ふと。


「あ、失敗した」


 そう思った。


 もし、あなたが『お貸しします』ではなく『差し上げます』と申し出れば、その傘は受け取ってもらえたかもしれない。


 あなたの申し出は、決して下心があったからではない。本当に傘が返して欲しかったからそう言ったわけでもない。なんとなく……そう言ってしまったのだ。


 あなたは足を止め、踵を返したが、先程の場所にすでに彼女の姿はなかった。そしてあなたは。


 小さな傘から滑り落ちた雨で……ずぶ濡れになっていた。



【 了 】

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