第三十五話 不完全な私

 屋台で、じみじみとビールを飲んでいるおっさん。屋台のおかみさんがぶつぶつぼやくのを、やれやれって顔で聞いている。


「あたしなんかさあ、もうぼろぼろだよ」

「そうか? まだそんな枯れるようなトシじゃねえだろ」

「若い頃は、もっとマシだったのにねえ……」

「そらあ、俺だって同じさ。禿げるわ、腹出るわ、臭くなるわ」

「でも、男の人ってのは、それを受け入れるんでしょ?」

「さあな。俺はそんなもんだと思ってるけどよ。そうじゃねえやつもいるんだろ」

「ふうん……」

「あんたは、どっかが欠けちまったと思ってる。不完全になっちまったと思ってる。でも完全なんてやつぁ、最初からどっこにもねえよ」

「……」

「若かろうが年取ってようが、不完全なのはいつでも同じさ」

「じゃあ……なんで年取るとがっかりするんだい?」



「完全になろうってぇ夢を見なくなるからだよ」



【 了 】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る