第三十二話 旅の始まり

 シガーチョコは、あくまでも菓子だ。その端に火を点けようとしたところで、溶けてどろどろになるだけで、煙も何も出やしない。


 そして、タバコはあくまでもタバコだ。それを食おうとするやつはいないし、あれは毒だから食うとえらいことになる。量によっては命に関わる。


 つまりシガーチョコとタバコの間には、見た目の類似点以外は何の因果関係も補完関係もないわけ。


 現実と夢幻というのも、きっとそういうものなんだろう。もし見かけが似通っていたとしても、厳然として別ものなんだ。


 そんなの当たり前だろって? まあ、そうなんだけどさ。俺は、目の前に突如並べられた現実を消化出来なかったんだよ。


◇ ◇ ◇


 公園のベンチに置き去りにされてたこどものお絵書き帳。クレヨンでくきくきと何やら書かれてて、それが微笑ましかったのさ。


『ようせいのよびだしかた』


 こどもってのは、自由な発想でおもしろいことを考えつくよなーとか思いながら。俺は、その記述を正確に再現したわけだよ。もちろん、お遊びのつもりで。


 ところが、だ。


 俺の目の前には、小汚い服装の小さな小さなおっさんが。憮然とした顔をして突っ立ってる。


「あんたかい? 俺を呼び出したのは?」

「あ……あ」

「ちっ。ろくでもねえことしやがって。あんたはどうだか知らないが、俺っちのところは農繁期なんだよ。あんたの酔狂にのんびり付き合ってる暇はねえんだよ」

「じゃあ、お帰りいただいて……」

「あほか。俺が自力で帰れるなら、あんたなんかに構わねえよ。俺には養ってる女房子供がいるんだ。あんたが責任持って俺を妖精界まで送り返さねえと、末代まで祟ってやるからな!」


 ああ……。


 俺が妖精にティンカーベルみたいなイメージを持っていたのが、そもそもの間違いだったんだろう。


 俺はタバコも甘いものも嫌いなんだ。そういう現実を、もっとしっかり認識しとくべきだったな。今さら何を言ったところで、後の祭りだが。


 ともかくも。妖精という名のくたびれた親爺を故郷に帰すために。俺は、奴と一緒に長い旅を始めることに……なっちまったんだ。



【 了 】

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