珈琲片手に紅茶片手に
春秋丸
安心して眠れ
お前に伝えておかなきゃならない事がある。
彼は切なげに微笑んでそう言った。
「明日、この町を出る事になった」
彼が持つ花束が風で小さく揺れる。
あら、ちゃんとやっていけるの?とあどけなく笑う妹の姿が頭に浮かび、彼は「まぁ、なんとかやっていくさ」と苦笑いをこぼした。
「だからな、今日は別れを言いに来た。……本当は別れなど言いたくはないんだが、きちんと言っておかないとお前は拗ねるだろう」
持っていた花束を目の前にある墓標に静かに置いた。
ユリの花の香りが辺りを染める。
「俺がこの地を踏めるのも、お前にこうして花束を送ることが出来るのも今日が最後だ」
彼の声は、少しだけ震えていた。
あぁ、駄目だ。やはりここに来ると俺はまたあの時の事を思い出してしまう。
なにかが破裂した乾いたようなあの音も、鉄臭いあの臭いも、あの光景も。
そして、赤く染まってしまったお前の姿も。
「……俺がここに来るのはこれが最後。めそめそと泣き言を漏らす兄はもう来ない」
雨の日も、雪の日も通いつめた妹の墓の前。
何度も何度も涙を流した妹の墓の前。
彼はそこで何か決意したような表情を浮かべていた。
「うるさいのは居なくなるんだ、これでゆっくりと休めるだろう」
彼と彼の妹が写った写真を手に取り目を瞑る。
「だから安心して眠れ、妹よ」
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