(5) 決意
御簾に我が身を隠し、少女とも女性とも捉えることのできる容姿の彼女は、深い眠りから目を覚ました。
朧げな頭を持ち上げれば、そこは見慣れた布団の上。白い浴衣を手繰り寄せ、白亜は夢から覚めた感覚に酔いしれることなく、冴えたばかりの頭で考える。
(陽性は、これからどうするつもりじゃ)
昨日の彼のことを思い出す。
陽性は、自分に考えがあると言っていた。それを実行するつもりだとも。
白亜に詳細は伝えられていない。
彼のことだから心配ないと思いたいが、昨日の彼は、少し様子がおかしかった。どこがおかしいのか、詳しいことは白亜にも分からないが、これでも二年近くも彼と顔を合わせてきたのだ。微妙な空気の違いに違和感があった。
「失礼します」
部屋の扉が開き、陽性が中に入ってくる。
御簾越しに彼が傍に来たことに気づき、白亜は口を開いた。
「何用じゃ?」
「……い、いえ、特に用はないのですが……」
「そうか」
歯切れの悪い陽性の声。
白亜は、何となく彼が隠し事をしているのに気づいた。
「それで、怪盗メロディーのことはどうなっておる」
「準備は順調です。絶対に、虹色のダイヤモンドには触れさせません」
「それならよい。……あの宝石は危険だからのぅ。あれは、容易く人を食べる。食べられた人は、その存在をすべて吸い取られてしまうからな……」
「心得ております」
「虹色のダイヤモンド」は、意思の持った宝石だ。人間に、人知を超えた異能が宿るように、稀に宝石にも異能に似た意識が宿るとされている。このことを知っているのは一部の異能力者――例えば、古くからある異能の血筋ぐらいだろう。異能を持たない一般人であれば尚更知るものはおらず、知る術もない。
白亜は知っていた。いや、知ってしまった。
二年前のあの日――それ以前の記憶をほとんど失った彼女は、その原因となったものの正体を知ることができたのだ。
『怪盗メロディー』は、このことを知らないだろう。教えるのは簡単だが、意識の持った宝石があるという事実は、あまり口外していいことではなかった。人知を超えた異能も同じことで、どこかで必ず悪用しようとする人間が現れてしまうから。
そのようなこともあり、古くからある血筋の異能力者は、特に秘密主義者が多い。山原家も例に違わずそうだった。
『怪盗メロディー』があの宝石に触れることは。何としても止めなければならない。
それでも白亜自身としては、あまり手荒な真似はしたくなかった。
強硬手段をとるのは簡単だろう。白亜も考えなかったわけではない。
まだ高校生の少年少女に対して、こちらの三人の力があれば、ねじ伏せる手段はいくらでもある。
けれどやっぱり、白亜にそれを決行する度胸がまだなかった。
自らが悪役になるだけであれば、白亜は安心して強硬手段を決行しただろう。だけど、二年前のあの日にすべてを失っている彼女に力はなく、陽性や琥珀、水鶏の力を頼ることしかできないこの弱い体でできることなんて、高が知れている。陽性や琥珀、水鶏を悪役に仕立て上げる決意なんてできなかった。
「白亜様」
陽性の声に耳を傾ける。
「……よろしければ、ワタシに顔を見せてくれませんか? 二年前に、アナタの容姿が変わり果ててしまったことを琥珀は知りませんが、ワタシは知っています」
「……」
「ほんの少しでもいいのです。ワタシに、その顔を見せてはくれませんか?」
「……」
無言。
白亜は答えられずに、無言で返した。
二年前のあの時、白亜の黒く美しい髪の毛は、真っ白に変わり果ててしまった。御簾の裏に隠れるようになったのもそのためだ。
あれから白亜は、陽性の顔も、琥珀の顔も見てはいない。それから、妹と名乗るあの少女の顔も。自らの顔さえ、見るのを恐れている。
白亜の記憶の欠落はあまりにも大きい。
自分のこの変わり果ててしまった姿を、誰かに見せることに抵抗があった。
「それでは、ワタシはこれで失礼します」
少しして、陽性の立ち上がる気配を感じた。静かな足音のあと、扉が開いて閉じる音を遠くで聞きながら白亜は考える。
(なぜあやつは……妾と話す際、あんなにも悲しそうにするのじゃ……)
◇◆◇
音をたてずに扉を閉めると、ため息を吐いた。
(やはり、無理でしたか……)
気落ちしそうになったが、自分を叱責することにより持ち直し、陽性は廊下を歩きだした。
(これからどうしましょうか)
陽性は、白亜に内密に進めている計画について考える。
水鶏が後押ししてくれたため決心は鈍っていないが、それでも悩みは尽きない。
廊下を進み、突き当りを右に行ったところに陽性の自室がある。
その部屋の前に人影があった。
「水鶏?」
水鶏と琥珀は学校に行っているため、今この屋敷にいるのは陽性と白亜だけの筈だ。そう思っていたのだが、どうやら水鶏は学校を早退してきたらしい。
陽性の部屋の前で胸に手を当てている少女を見つけ、陽性は足音を立てて近づいて行く。
「どうかしましたか?」
「あ、陽性。いたんだ」
「はい。今日は何も予定がありませんので。計画を進めようかと」
「そ、そうだったよね、うん。……白亜様に会ってたの?」
伺うような瞳を見返して、陽性は微笑む。
「はい。今日も元気そうでした」
「それならよかったね。……で、本当に土曜日、やるの?」
恐る恐る尋ねられた問いに、陽性はためらわずに答えた。
「はい。明日までに怪盗メロディーが目的を変えないければ、ワタシは虹色のダイヤモンドを盗みだし、破壊しようと思います」
これは賭けだと、陽性は思った。
自分の力がどれほどものか、それは自分が一番よくわかっている。
だけど、自分の力がどれほど「虹色のダイヤモンド」に通じるのか。それは、確かめてみないことにはわからない。
自らの存在が飲み込まれる前に、「虹色のダイヤモンド」を破壊できる可能性はまだある。
これしか方法がないのだと、「虹色のダイヤモンド」から彼らを守るために、必要なことだと自分の言いきかせ、陽性は割り切っていた。
水鶏の心配そうな眼差しに気づき、再び陽性は微笑む。
この少女も力を貸してくれるそうだ。何とかなる、そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。