(4) 屋上での対立
幻想学園の屋上の出入りは特に制限されていないが、昼休みともなれば昼ご飯を食べる生徒で溢れることがある。だがもうすぐホームルームが始まるこの時間帯に、屋上にやってくる生徒はほとんどいなかった。
ただ一人、黒髪を左右で二つに結んだ少女を覗いては。
風が、彼女の髪の毛を弄んでくる。
それを静かに感じながら、彼女は囁いた。
「もう秋か……」
思えばあの出来事から、もう二年近くも経っている。あの時の水鶏は、まだ中学三年生だっただろう。それまでの抑圧された生活から解放されたのも……山原家から姉と一緒に家出したのもあの時だ。
落ちそうになる気持ちを切り替えて、昨夜に陽性から伝えられたこれからのあらましを思い出す。
それは陽性が思案していた通り、白亜の意に背く行為だった。
「怪盗メロディーに危害を加えない」というのは、白亜の優しさからくる取り決めで、彼女を心の底から愛している陽性がその意に背く行為をするというのは、水鶏としても少し意外だった。だけど、『怪盗メロディー』が「虹色のダイヤモンド」を盗むのを辞めないというのであれば、こちらも強硬手段をとらなければいけないと、水鶏自身も考えていた。
「虹色のダイヤモンド」は、触れてはならない宝石なのだから。
そろそろ教室に戻ろうと、扉に向かって行くと、キィと音をたてて屋上の扉が開いた。
高等部の制服を着た男子生徒が、屋上に入ってきた。
「あ」
目が合う。
男子生徒の茶色い瞳が細められるのに気づき、水鶏は慌てて彼の横を通って屋上から出て行こうとした。
「待て」
腕が捕まれる。
「離して」
水鶏はどうにか腕を振り
「その紫の瞳。お前、水鶏だろ」
確信を持った少年の問いに、水鶏は歯噛みする。
(なんで、ここでこいつに)
水鶏は少年の名前を知っていた。
毛先のハネた茶髪の、一見してやんちゃそうにみえる男子生徒の名前は、確か中澤ヒカリ。今回敵として相対している、『怪盗メロディー』の一員だ。
一昨日は喜多野風羽と、昨日は野崎唄と会っているのだ。水鶏の姿を、中澤ヒカリが知っていたとしても不思議ではない。
「うん、そうだよ。アタシは水鶏。アンタは、中澤ヒカリでしょ?」
そう言って、水鶏は不敵に微笑む。
内心では、どうやって逃げ出そうかを考えていた。
ここは学校だ。学校生活は穏やかに過ごしたいと思っている水鶏にとって、こんなところでひと悶着起こすのは都合が悪い。それは相手も同じだろう。
念のために、すぐに能力を使えるように、掴まれている腕とは反対の右手に力を込める。
精霊を召喚したら気配ですぐに目立ってしまうが、精霊の力を少し使うぐらいなら問題ないだろう。
深呼吸をする。
さて、相手はどう出るのだろうか。
「お前……いや、お前らの目的を教えろ」
「何のこと?」
首を傾げてみせる。彼の質問は大方予想通りだ。
「なんで、俺らの邪魔をするんだよ。……虹色のダイヤモンドには何があるってんだ?」
「あ、そのこと?」
今気づいたというように、水鶏は言う。
そして煩わしそうにヒカリに掴まれている腕を振りほどこうとして、ため息を吐いた。
「いいよ、アタシたちの目的を教えてあげる。だからさ、離してよ。このままじゃ話にくいし、痛いん、だよ!」
「なんっ」
ヒカリの腕が緩むのに気づき、水鶏は空いている右手でヒカリの腕に少し触れた。
少し能力を使う。土の精霊ノームを少し借りて、ヒカリの腕を少し土に変えたのだ。重たくなるように。
効果はあったようで、ヒカリは右手を抱えてふらっと体を揺らし、一歩後ろに下がったと思えば踏ん張るように踏みとどまる。
水鶏は、左腕の握られていた部分を労わるように抱え、不機嫌そうに言った。
「ちょっと、腕が腫れたんだけど、どうしてくれるの?」
「くっ、そっちこそ、俺の腕に何をしたんだ」
「先に手を出したのはそっちじゃんか。当然の報いだと思うけど」
「そ、それは、悪かった、です」
(なんだ、見た目の割に打たれ弱いんだ)
ヒカリと陽性の共通点を見つけて、水鶏は思った。
同時に、ある妙案を思いつく。
このまま何もせずに別れるのは、少し癪だ。
ほんのちょっと遊んでみようかと、水鶏は思うと口の端を吊り上げた。
「ねえ、中澤ヒカリさん? さっきの質問に、答えてあげようか?」
いきなり持ち掛けられた問いに、ヒカリが警戒するように顔をこわばらせる。だけど根が素直なのか、こちらの話に耳を傾けてきた。
「実は、あたしたちは明日……」
これはちょっとした遊び。
陽性に知られたら怒られるかもしれないが、要するにバレなければいいのだ。
今回の件に「虹色のダイヤモンド」が絡んでいることもあり、最近の陽性は昔の――白亜が好きだった頃に戻りつつある。
白亜は二年前に陽性の記憶を失くし、彼のことを覚えていないというのに。陽性は未だに割り切れないようで、ぐずぐずしているのに水鶏は少し嫌気を感じていた。
ヒカリの表情がみるみる変わっていくのに水鶏は満足すると、屋上から出るために閉じている扉のノブを掴む。
扉を開ける寸前、背後からヒカリが尋ねてきた。
「それは本当なんだろうな」
「さあ、ね」
楽しそうに微笑むと、水鶏はさっそうと屋上か出て行き、扉付近に置いてあった鞄を手に取る。
先程、遠くでチャイムの音が鳴っていた。今から教室に戻るとすると、一時間目の最中に当たるだろう。今日はまだ一度も教室に行っていないため、水鶏が学校にきているのを知っている人はほとんどいないはずだ。
少し迷った末、あとあと自分のクラスを『怪盗メロディー』たちに探られるのも面倒なことになる予感がしたので、水鶏は家に帰ることにした。誰にも見つからないように気をつけながら。
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