(3) 真夜中の訪問者・上

 乙木野町は、消して大きいといえるほど大きな町ではない。都心に比べると見劣りしてしまうが、それでも異能力者のクラスこの町には、他の町にない輝きがあった。その輝きは、夜になればなるほど光を増していく。


 眠らない町。

 夜中でも構わず、光を振りまく町を、一人の影が飛んでいた。


 自然に吹く風に自らの力を混ぜ、精霊の力を借りながらもまるで自身が風になったかのように、ビルや住宅街を飛んでいく。


 ふと、影――喜多野風羽は足を止めた。

 目的の建物を見つけたからだ。


 ひときわ異彩を放つその建物は、一言で言えば『白』だった。

 『白い園』と呼ばれるだけあるだろう。屋根も壁も白く、洋館を囲っている塀だけが茶色い。いや、よく見ると窓枠は銀色で、窓ガラスはくもりガラスとなっていた。


 周囲から浮いているといっても過言でないその建物に、今回怪盗メロディーが獲物に定めた宝石が眠っている。


 ポケットから予告状を取り出す。

 これをどうやってあの建物に届けるのか。どうすれば人の目に留まるのだろうか。


 あの洋館の主――佐久間美鈴は、今この街にいない。だからあの建物にいるのであろう人物は、警備員ぐらいだろう。


 考えていると、立っている雑居ビルの屋上に、振動を感じた。


 風羽は動いていない。

 彼の周りに吹く風が、まるで危険を知らせるように騒ぎ出す。


 ゆっくりとを振り返った。


 くすっと、笑い声が。

 ピンク色の髪の毛を、アップでサイドに結んだ――ツインテールの少女が、クスクスッと笑いながらこちらを見ている。


 その足元に、粘土細工のような不思議な物体があった。

 少女の笑い声につられて、粘土細工のようなものが動く。


「……エメト」


 粘土細工は人のような体になった。

 泥人形――ゴーレムといえば一番わかりやすいだろうか。

 少女の頭一つ分低い体躯のゴーレムが、足を一歩踏み出す。


 風羽は思わず身構えた。

 片手に水の入った小瓶を持った少女が、紫色の瞳で風羽を眺める。


「こんばんは、喜多野風羽さん。アタシは、水鶏。今日は、もしかしてあなた一人で予告状を出しにきたのですか?」


 笑顔だ。だけど、どこか危うさを感じる。


(能力者なのは間違いない。けど、あの年で錬金術師とも考えにくいかな)


 記憶を探るが、会ったことはない。ピンク色の髪の毛と特徴的な紫色の瞳は、一度見たら忘れないだろう。それだけ存在感があるのに、ふとした瞬間に消えそうな儚さも兼ね備えている。


 水鶏と名乗った少女がくすくすと笑う。


「アタリ、かしら。気配を感じたからきたのですが、まさか本当に喜多野風羽――メロディーの仲間に出会るなんて、嬉しいですね」

「メロディー?」

「あれ、まさか知らないなんて言いませんよね? あなたは、怪盗メロディーの一員で間違いなかったはず」

「……」


 警戒心を解くことなく、風羽は口を閉じる。


 どうしたものかと、少女とゴーレムを眺めていると、あはは、とさっきまでの危うげな雰囲気を拭い捨てて、高笑いをした少女が手を打ち鳴らす。


「ごめんね、喜多野風羽さん。アタシ、やっぱりこういう陽性みたいな口調、苦手だなぁ。初対面相手だと少し丁寧にしゃべったほうがいいと思ったんだけどさ、ま、アタシはアタシだから、普段通りいかせてもらうよ」


 口調を一変させ、水鶏がゴーレムの頭を撫でる。

 主の意志を受け取ったのか、ゴーレム動き出した。


「さあ、やるのよ、ゴーレムちゃん! せっかくアタシが作ったんだから、役立ってよね!」


 風羽は手を構える。

 まずは相手の力量を量るのが先だ。


 だが、それは遅すぎた。

 のっそりと動いているように見えた泥人形は、風羽の眼前すぐそこにあった。


 間一髪で、ゴーレムの繰り出したパンチを風羽は避ける。

 風に乗り、距離を取って後ろに下がると、静かにため息をついた。


(あまり使いたくないんだけど、しょうがないよね)


 今自分がやらなければいけないこと。それは、無事に予告状を届けることだ。

 今自分ができること。それは、自分の異能を使うことだ。


 すぅーはぁー。


 深呼吸すると、自らの胸に手を置いた。

 まずは、を繋ぐ呪文を唱える。


「風よ、僕に力を貸してくれた前。我は風の精霊の守護者、喜多野風羽なり――」


 それから、実態を与えるための呪文を。


「いでよ、シルフ。僕は、君と一緒だよ」


 の手を取るように、身近に感じるに身を寄せる。


 時は、静かなそよ風が吹くように、過ぎていった。


 いや、正確には、過ぎたように思えた。


 空間を切り裂くように、別の世界からこの世界の歪みを通じてやってくるように、この世界に顕現したが、微笑みを浮かべる。


『うふふふ、なんだか楽しそうなことをしておりますわね』

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