Act.3-01

 家に帰ると、何故か玄関のドアに鍵がかかっていた。


「なんだ?」


 俺は首を捻りつつ、もしかしたら、ちょっと買い物にでも出ているのかもしれないと思い直し、車のキーと一緒にぶら下げている家の鍵を選ぶ。

 そこには、去年、紫織からもらった熊のキーホルダーも変わらず付いている。


「可愛い趣味してんな、ほんと」


 そんなことをひとりごち、口元を綻ばせながら鍵を差し込む。

 カチリ、と音が鳴り、鍵が解除される。


 俺はノブに手をかけ、家に入ると、真っ先にリビングに向かった。

 と、電気のスイッチを入れた時、コタツの上に、何やら紙切れが一枚置かれているのに気付いた。


 最初はそれほど気にもしなかった。

 だが、よくよく見たら置き手紙のようだったので、コタツに近付いてそれを手に取る。



 宏樹へ

 さっき、隣町のお祖父ちゃんから体調不良の連絡を受けたので、お父さんと一緒にお祖父ちゃんの所へ行きます。

 悪いけど、晩ご飯を用意する時間がなかったから適当に済ませて下さい。

 あ、朋也はお友達の家で止まって勉強するみたい。

 それじゃ、多分、明日には帰れると思うから、それまでよろしく。

 母より



「祖父ちゃんトコかよ……」


 手紙を読み終えた俺は、ボソリと呟いた。


 隣町の祖父ちゃんということは、親父方の祖父ちゃんだ。

 祖母ちゃんは五年前に亡くなってしまったので、今は近所の親切な人達の世話になりつつ、何とかひとりでやっているらしい。

 ただ、ウチに連絡してきたということは、今回ばかりは近所の人達に頼るわけにはいかなかったのだろう。

 それに、別々に暮らしているとはいえ、親父は長男だし、兄弟の中では一番近くにいる。

 そうなると、真っ先に親父とお袋を頼りにしてしまうのだろう。


 とにかく、今夜は家に俺ひとりだ。

 朋也は友達の家で勉強らしいが、あいつが真面目に勉強するなんて到底信じられない。

 勉強なんて建前で、夜通しゲームでもするつもりだろう。

 それを考えると、相手の家に迷惑をかけてしまう気がする。

 まあ、朋也は俺と違って愛想がいいから、相手のお母さんに存分に気に入られていると思うけど。


「じゃ、まずは着替えて適当に食っちゃいますか」


 誰にともなく言い、俺はまず、リビングのファンヒーターとコタツに電源を入れる。

 それから、一度自室に行ってコートを脱ぎ、楽なスウェットに着替えると、再びリビングに戻って来た。


 室内はまだ、空気がひんやりとしている。

 寒い中で動くのは、さすがに億劫に思えたが、コタツに潜ってしまうと全く動けなくなるから、あえてキッチンに向かって晩メシの支度を始める。

 とは言え、俺は料理がそれほど得意ではないから、袋入りのインスタントラーメンを茹で、使いかけの野菜を適当にザクザク切って、それをこま切れ肉と一緒に炒めるぐらいしか出来ない。


 炊飯器を見ると、保温になっている。

 開けると、ご飯がちゃんと炊けていた。

 晩メシを用意する時間がなかったと言いつつも、米はちゃんと研いでくれたみたいだ。

 それだけでも、お袋に感謝すべきだろう。


 ラーメンが出来上がってから、俺はそれをおかず兼味噌汁代わりにして食った。

 インスタントラーメンの味は予め決まっているし、茹で時間も俺好みにしたから普通に美味い。


 ただ、さすがにこれだけでは物足りなさがある。

 俺は結局、メシの途中で再びキッチンに足を運び、今度は冷凍庫を漁る。

 中には、弁当用の冷凍食品に紛れ、お湯で温めるだけでいい冷凍ハンバーグも一個あった。


 ハンバーグを発掘した俺は、ポットのお湯を鍋に移して沸騰させ、そこにハンバーグをパックのまま入れた。

 中火ぐらいにし、グツグツさせている間、また食事に専念した。


 ◆◇◆◇


 メシを済ませた俺は、今度はビールに手を出した。

 酒は好きだが、仕事で疲れて帰って来ると、なかなか飲む気が起きない。

 その反動か、休みとなると、自分でも呆れるほど量を飲んでしまう。


 ちなみに、今は350ミリリットル缶の三缶目に口を付けている。

 お袋がいれば、飲み続ける俺に小言のひとつも言ってくるだろうが、今は不在だ。口煩いのがいないのがありがたいと思う半面、止める人間がいないことに、どことなく危機感も覚える。


 〈酒は百薬の長〉と言うが、ほどほどにしないと毒になる。

 それは俺自身も分かっている。


 ――とりあえず、これを飲んだら今日は終わりにするか……


 俺は自分に言い聞かせ、残りを全て喉に流し込んだ。


 まさに、そのタイミングだった。



 ピンポーン……



 家のインターホンが鳴らされた。

 壁に掲げられた時計を仰ぎ見ると、八時を回ったばかり。


 こんな時間に誰だ? と俺は訝しく思いつつ、それでも重い腰を上げ、素直に玄関のドアへと向かう。

 仮に変なセールスだったとしても、男の俺が相手すれば、黙って引き下がってくれるだろう。


 ところが、ドアノブに手をかけ、ゆっくりと開けたとたん――俺は仰天してしまった。


 そこにいたのは、胡散臭いセールスマンなどではなかった。

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