Act.2

 車を走らせること二十分。着いたのは、今年の夏にオープンしたばかりの大型ショッピングセンターだった。

 ここだったら何でも揃っているから、紫織に合いそうなものが見付かるかもしれない。


 だだっ広い駐車場に車を停めてから、俺は店内へと向かう。

 来る機会がなかなかなかったから初めて入るが、なるほど、確かに規模が大きい。

 ただ、あちこちにテナントが分散していて、お袋辺りは来ただけで気疲れしてしまいそうだ。

 現に俺も、ちょっと挙動不審になってしまった。


 散策も兼ねてウロウロしていたら、宝飾品の専門店が目に留まった。


 そういえば、千夜子と付き合っていた頃、彼女にせがまれてネックレスを買ってあげた記憶がある。

 ただ、誕生日だったか、クリスマスだったか、それとも他のイベントだったか、その辺は全く想い出せない。

 我ながら薄情なものだ。


 でも、その頃のことが頭を過ぎった時、もしかしたら、紫織もこういうのが好きなのじゃないかと思った。

 もしかしたら、女子高生には重いプレゼントかもしれないが、もう、宝飾品以外は何も浮かばなかった。


 脇目も振らず、宝飾品店に足を踏み入れると、黒いスーツを着た品のある女性店員が、俺に「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。


 俺は女性を一瞥し、ガラスケースに飾られた宝飾品をゆっくりと見て歩く。

 値段は、仰天するほど高いものもあれば、高校生の小遣いでも手が出そうな安価なものまで幅が広い。

 もちろん、こっちは一応、それなりに稼ぎはあるのだから、安物で済ませるつもりはない。


 とはいえ、いざとなると悩む。

 やっぱり、紫織と休みが合った日に連れて来て選ばせてやるべきか。

 そう思っていた時だった。


「何かお探しですか?」


 背後から声をかけられ、俺はギョッとした。

 でも、ビックリしたことを悟られるのは何となく癪で、平静を装って振り返る。


 そこには、さっき俺に挨拶してきた女性店員が、ニッコリとしながら立っている。


「あ、いえ……」


 俺は断りかけたが、この際、この人にアドバイスしてもらった方が手っ取り早いと考え、正直に、プレゼントを探していることを話した。


「プレゼントされる方のお年はどれぐらいですか?」


 女性店員に訊かれた俺は、「高校生です」と答えたあと、慌てて付け足した。


「妹なんですけどね。今年はちょっと、大人っぽいネックレスが欲しいとねだられてしまって……」


 〈妹〉という表現はあながち間違ってはいないが、もし、この場に紫織がいたら確実に機嫌を損ねていただろう。

 しかも、俺が勝手にプレゼントすると決めたのに、紫織を〈わがままで手のかかる妹〉に仕立ててしまった。

 さすがにこの時ばかりは、紫織に心の中で懺悔した。


 女性店員は俺の言葉を信じたのだろうか。

 彼女の営業スマイルからは、表情が全く読めない。


 さすがに、いたたまれない心地になってきた。

 やっぱり、改めて紫織を連れて出直そう。そう思っていたら、女性店員が、「では、こちらなど如何でしょう」と俺を誘導する。


 案内された場所のガラスケースを覗いてみると、値段は少々高めではあるが、手持ちの金でも余裕で買える金額の宝飾品が飾られている。

 中でも特に目に付いたのは、ハート型に加工されたピンクの石のネックレスだった。


「それ、見せてもらってもいいですか?」


 真っ先に気になったネックレスを指差しながら言うと、女性店員は、「かしこまりました」と鍵を開け、取り出したそれをガラスケースの上に載せた。


「そちらはピンクサファイアですね」


 まじまじとネックレスを見つめる俺に、女性店員が横から説明してきた。

 俺が見立てた通り、値段も極端に高いわけではなく、かと言って安すぎもしないので、結構人気があるようだ。

 しかも、石が控えめで嫌味がないから、どんな服にでも合わせやすいとか。


 俺は女性店員が熱心に説明する傍らで、紫織がネックレスを身に着けた時のイメージを思い浮かべる。

 ネックレス自体は大人びているが、ハートの形が可愛さを強調しているから、紫織でも違和感はなさそうだ。


「これ、貰えますか?」


 ほとんど即決だった。

 もう、他の宝飾品は目に映らないほど、俺はハート型のネックレスが気に入った。多分、紫織も喜んでくれるはずだ。


「ありがとうございます」


 宝飾品が売れたことで、女性店員のスマイルが先ほどよりも輝きを増したように見えた。


 女性店員はネックレスをそっと持ち、レジカウンターで箱に入れ、綺麗にラッピングする。

 職業柄とはいえ、早くて丁寧な仕事には感心させられる。


「お待たせ致しました」


 女性店員は、ラッピングしたネックレスを、店のロゴ入りの小さな紙袋に入れて俺に手渡してきた。


「どうも」


 俺は軽く礼を言い、商品と引き換えにネックレスの代金を払う。

 釣りもしっかり受け取り、女性店員に背を向けると、女性店員はご丁寧に、店先まで出て俺を見送ってくれた。


「ありがとうございました」


 これもきっと、高額商品を買ってもらった際のマニュアルなんだろうが、決して悪い気はしない。

 ちょっと照れ臭さがあるのも本音だけど。


 しばらく、女性店員の視線を背中に感じながら、俺は紙袋の紐を握り締める。

 ただ、それでも何となく不安で、結局は袋の部分を両手で包み込むように持ち直した。

 ケチ臭いことはしたくないとはいえ、決して安い買い物ではなかったのだから、落としてしまったり、ちょっとした隙にすられてしたら非常に惜しい。


 無事に家まで持って帰ることが出来たら、あとはいつ、紫織に渡すかを考えないといけない。

 さすがに、朋也を介して、というのは出来るはずがない。

 そんなことをしてしまったら、紫織も朋也も気分を害してしまう。


 とにかく、早く帰ろう。

 連絡もせずに帰りが遅くなったら、「せっかくご飯作って待ってたのに」とお袋にぼやかれる。

 しかめっ面したお袋を想像し、俺は苦笑いしながら車に乗り込み、エンジンをかけた。

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