エピローグ

Act.1

 歳月はゆったりと流れていった。


 気が付けば、高校卒業の日となっていた。

 しかし、北国の春はまだまだ先なので、校庭の桜の木はまだ固い蕾に覆われている。


「体育館、ちゃんと暖房効いてるんでしょうねえ?」


 そうぼやいているのは、紫織の無二の親友である涼香。


 涼香とは不思議な縁で繋がっていたらしく、クラス替えがあってからも、三年間ずっと同じクラスメイトとして過ごすことが出来た。

 ただ、涼香が人目も憚らずにベッタリしてくるので、一時期は変な噂が流れていた、と別のクラスメイトから耳打ちされたこともあった。


(でも、どんなに言ってもやめないからなあ……)


 紫織は今までのことを想い出しながら、深い溜め息を漏らす。


 それを見た涼香は、「どうした?」と紫織の顔を覗き込んできた。


「――別に何でもないよ」


 紫織がそっぽを向くと、涼香はすかさずその方向に回り込んで来る。


「なに? 心配ごと? だったら話を聴いてあげるから!」


 そう言うや否や、涼香が例の如く抱き付いてくる。


「やっ、やめてってば! こんなことされたら、また変な誤解されるでしょっ!」


「大丈夫だって! どうせ今日で卒業なんだから! せいぜい同窓会で蒸し返される程度だってば!」


「だからそれがよけいにヤなのっ! 離せーっ!」


 ジタバタして抵抗を試みるも、涼香の腕力は紫織よりもあるので全く歯が立たない。


 ふたりがそうしてじゃれ合っている間、案の定、クラスメイトは好奇の視線をこちらに注いでくる。


(この抱き付き癖、ほんとにどうにかしてよお……)


 そう思った時だった。


「じゃれ合うのは勝手だけど、もうちょっと人目を気にしたらどうだ?」


 冷静に突っ込みを入れてきたのは、幼なじみの朋也だった。


「――はいはい、分かりましたよー」


 涼香は不満げにしつつも、素直に朋也の言葉に従って紫織を解放してくれた。


 助かった、と紫織は心底ホッとした。


「しっかしお前ら、最初から最後まで見せ付けてくれるよなあ……」


「私はそんなつもりないもん。涼香が勝手にくっ付いてくるから……」


「だってさ、紫織ってすぐにムキになるから面白くって! それに、これからは頻繁にスキンシップが取れないと思うと淋しくって」


 涼香の言葉に、紫織はガックリと項垂れた。

 やはり、涼香にとって紫織は、格好のからかい相手だったということか。


(同じ進路を選んでいたら、絶対また同じことを繰り返されてたよね……)


 そう思わずにはいられなかった。


 ◆◇◆◇


 卒業式はつつがなく進んだ。


 そのあとは教室でひとりひとりに卒業証書が手渡され、担任と副担任からの挨拶を聴き、それで全て終了した。


 解放されてからは、それぞれが仲の良い同士で固まり、写真を撮り合ったり、サイン帳にメッセージを書き合ったりしている。


 紫織と涼香もまた、他のクラスメイトに交ざって写真を撮った。


 長いようであっという間だった三年間。

 こうして笑って過ごせる時間もないのだと思うと、やはり淋しいような気持ちになる。


「紫織!」


 クラスメイト達と別れの挨拶を終えたあと、朋也に呼ばれた。


「なに?」


「あのさ、よけいなお節介かもしれないけど……。兄貴、今日は休みで家にいるから」


 それだけ告げると、朋也は踵を返して紫織の前から去って行った。


(宏樹君が……)


 紫織はその時、宏樹の言葉を想い出した。



『とりあえず、紫織が高校卒業するまで待とう』



 あの日の台詞を、宏樹が憶えているかどうかは分からない。

 しかしそれよりも、紫織自身が改めて宏樹に気持ちを伝えたいと思った。


(言わなきゃ……!)


 紫織はその場から駆け出した。


「紫織、どうしたの?」


 途中で涼香に呼び止められた。


「ちょっと急いでるから! またね!」


 最後の挨拶にしてはずいぶんとおざなりなものになったが、今の紫織はそんなことにも気付いていない。


 それだけ、紫織の頭の中は宏樹でいっぱいだった。

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