Act.4

 ◆◇◆◇◆◇


 仕事が終わり、家に帰宅すると八時を回っていた。


 宏樹は自室へ戻る前に、先にリビングへ立ち寄った。


 中では両親が揃って夕飯を食べていた。

 その中で、朋也はすで食べ終わったようで、食後のおやつのスナック菓子の封を開けようとしていたところであった。


「お帰り、宏樹」


 宏樹を見るなり、母親は箸を置いて真っ先に声をかけてくる。


「帰りが遅そうだったから先に食べちゃってたわよ」


「ああ、いいよ」


「宏樹も食べるでしょ? すぐに用意するから着替えてらっしゃい」


「ああ、そうする」


 我ながらずいぶんと素っ気ない返事だ、と宏樹は思った。


 だが、母親は、仕事で疲れていると思ってくれているのか、休日の時のように突っかかってこない。

 それはそれでありがたいが、半面でこそばゆいような変な感じがする。


 宏樹は一度自室へ引っ込むと、スーツからスウェットの上下に着替える。

 部屋着になると、窮屈さから一気に解放されて気持ちも軽くなった。


 ◆◇◆◇


 着替え終えてから、宏樹は再びリビングへと戻った。


 すると、母親はすでに、宏樹の定位置の前へ、よそったばかりのご飯と味噌汁、メインのおかずである揚げ物の盛り合わせを用意していた。


「フライ冷めちゃってるけど、チンした方がいい?」


 母親が訊ねてきたが、宏樹は「いや」と小さく首を振った。


「このまんまでいいよ」


 そう答え、手近に置かれたソースに手を伸ばして揚げものにかける。

 ほどよくソースが染み込んだのを見ると、宏樹はその中のアジフライを箸で挟み、そのまま齧り付いた。

 母親の言う通り、冷めてはいるが決して不味くはない。


 宏樹はもう一口分口の中に入れると、今度は白飯と一緒に咀嚼した。


「あ、そうそう」


 先に食事を終え、お茶を淹れていた母親が、不意に想い出したように口を開いた。


「七時過ぎ頃だったかしら? 宏樹、あんたに電話があったのよ」


「――電話?」


 宏樹は怪訝に思いながら、動かしていた箸を止めた。


「誰から?」


 そう訊ねながら、まさか紫織が、と思った。

 しかし、紫織ならばいちいち電話をせず、直接家に赴いて来るだろう。

 そんなことを考えていたら、母親から予想外の答えが返ってきた。


「確か、ナカガワさん、と言ったかしら。女性の声だったわよ」



 ナカガワ――



 その苗字を耳にした途端、宏樹の周りを取り巻く空気が凍ったような感覚に襲われた。

 だが、宏樹は家族に動揺を気取られぬようにと、努めて冷静を装った。


「で、そのナカガワさん、何か言ってた?」


「それがねえ、あんたがまだ帰ってないことを伝えたら、『そうですか』ってだけ言って切られちゃったのよ」


 母親はそこまで言うと、宏樹をまじまじと見つめてきた。


「ねえ、そのナカガワさんって、もしかしてあんたの彼女?」


「そんなんじゃないよ」


 宏樹は微苦笑を浮かべながら答えた。


「ほんとに? 私の勘じゃ、絶対友達以上の関係だって読んだんだけどねえ」


「深読みし過ぎだって。ほんとにただの高校の時の同級生。それだけだ」


「ふうん……」


 母親はなおも疑っている様子だった。

 父親と朋也は鈍いのに、母親だけは変に鋭いところがあるので非常に困る。

 さすがの宏樹も、ボロを出しそうになってしまったほどだ。


「母さん」


 その時、黙ってスナック菓子を食べていた朋也が、母親に向かって言った。


「あんまりあれこれ詮索するのも良くねえんじゃねえの? それに、兄貴は『高校の時の同級生だ』っつってんだしさ。それでいいじゃん」


 面倒臭そうな口調で言ってはいるが、どうやら、困惑しているであろう兄に助け船を出してくれたようだ。


 母親は不満そうにしていたが、朋也の言うことももっともだと納得してくれたのか、さらによけいなことを訊かれずに済んだ。


 宏樹は朋也を一瞥した。


 朋也は相変わらず、憮然とした表情で菓子をポリポリ噛み締めている。

 もちろん、それは単なるポーズであることは宏樹もしっかり理解していた。

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