舞台

邑上

1

その日彼は新作の舞台の配役で自分が端役であることに腹を立て、監督と大喧嘩をしてしまった。ひどく憂鬱な気持ちで帰路につき、ふと空を見上げると綺麗な十六夜の月が浮かんでいたのを皮肉に思ったそうだ。彼はいつも乗る電車に乗り込み、座席に座ってぼんやりと今日あったことを思い返していた。すると突然、自分の目の前に座っていたサラリーマンが座席から転がり落ち、床でもがき始めた。

「俺も含めて何人も大丈夫ですかって声かけたんだけど、多分何も聞こえてなかったと思う。苦しくてたまらないから、とにかく近くの人にすがりつくって感じだったよ」

 彼の言葉通り、そのサラリーマンは自分の周りの人達の足にしがみついては振り払われる、ということを繰り返していたという。そして彼もサラリーマンにしがみつかれ、振り払おうとしたところ転倒してしまった。

「そのサラリーマン、這って俺の上に乗っかってきてさ、顔が目の前のところまで来て、しかもその顔があんまり辛そうだったからさ、とっさにネクタイほどいてワイシャツの首のボタン外したんだよね」

 直後、サラリーマンの口から大量の血が吹き出した。彼の顔が真っ赤に染まったのはもちろん、辺り一面に血しぶきが飛び散るほどだったという。

「結局電車が止まってそのあとは鉄道の人が対応してくれたけどさ。俺も人の血を浴びたから念のため病院行って、まぁ異常はなかったからよかったよ」

 彼はその時の体験を元に断末魔の演技に磨きをかけ、監督から重要な役をもらうことも多くなったそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

舞台 邑上 @murakamisan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る