第6話 見知らぬ校舎

「とにかく、現状を整理しようぜ」

 幼馴染の少年がそう言ってリーダーシップを取った時、佐伯葵は強い戸惑いから立ち返ると、慌てて無人の教室へ踏み込んだ。

 本来ならここは葵達の教室だ。だが、現在は違う。室内を歩き回った泰介が机の一つを覗き込み、虚を衝かれたような顔をした。

「中学英語……三年のか?」

 葵も駆け寄ると、英語の教科書が泰介の手中にあった。葵達が中学三年の時に、使っていたものに似ている。

「どういうことなの……?」

 心細さから呟いたが、泰介は「わけ分かんねえ」と吐き捨てた。

「……ねえ、二人の荷物は?」

 とにかく険悪な空気を変えたくて、葵は泰介と仁科の二人に言った。

「どっか行った」

 泰介が舌打ちすると、仁科も首を横に振った。

「見当たらないな。吉野、お前の持ち物で残ってる物は?」

「定期くらいしか持ってねえぞ。お前は?」

「同じく。あとは携帯。……使い物にはならないけどな」

 携帯をポケットから出して、仁科がつまらなそうに目を細める。葵も自分の携帯を確認するとやはり圏外のままだった。葵は自分の鞄が手元にあるが、だからといって安心することはできなかった。

 持ち物の確認が終わると会話も絶えて、重い沈黙が黄昏の教室に広がった。唐突に訪れたこの変化に葵も泰介も戸惑てっいたからだが、仁科だけは、考えていることが読み取りにくい。

 元々、仁科にはこういう所があった。

 だから顔には出していないだけで、実際にはかなり驚いているのだと葵は思う。

 何故なら――〝彼女〟を見た時の仁科の顔が青白かった。

 泰介の顔を横目に見ると、飴色の陽光を全身に浴びた幼馴染は、眉根を厳しく寄せて仁科の顔を睨んでいる。本当は仁科に対して、訊きたいことがたくさんあるのがよく分かる。それでも文句を呑んで耐えているのは、葵の言葉の所為もあるが、おそらくは仁科の憔悴を慮ってのことかもしれない。

「とりあえず廊下、出てみるか」

 不機嫌そうに泰介が言ったので、三人一緒に廊下へ出た。

 それだけで、この階の全ての扉が閉まっているのが一望できた。教室の廊下側の窓には全て磨り硝子が嵌っていて、中の様子も覗けない。泰介が何気なく他の教室の扉に手をかけていたが、硬い手応えが音となって、廊下全体に反響した。鍵がかかっているのだ。白いタイルには夕焼けの赤が、目に眩しいほど照っている。

 ここは、間違いなく学校だった。ただ、御崎川高校よりずっと新しく美しい。代わりに重厚感や伝統のようなものが、比べものにならないほど薄い。

 しげしげと辺りを見回していると、仁科が先陣を切って歩き出した。

 その足取りは早足で、そのくせひどく重く見えた。

「おい仁科、あてでもあるのか? 知ってる建物みたいに歩くけどさ、俺らどこに行けばいいか分かんねえじゃん」

 泰介が仁科を呼び止めたが、仁科は返事をしなかった。泰介が露骨にむっとしたのが分かったので、「お願い、おさえて」と葵は泰介に耳打ちしたが、泰介はすぐさま睨んできた。

「葵、やっぱり駄目だ。そんな事言ってる場合じゃねえよ」

「どうして?」

「お前はっ、自分も危ないかもしれないって自覚しろよ!」

 きつい声で怒鳴られて、葵はびくりと竦み上がる。仁科にもこの怒号は届いたはずだが、聞こえないフリをしているのか、振り向かずに歩いていた。

「これは脅迫かもしれねえんだろ? だったら……っ!」

 吐き出すように泰介は叫ぶと、くっとそこで言葉を呑んだ。葵はその様子だけで泰介の真意に気付いてしまった。

 泰介がしきりに仁科を追及する気持ちは、葵にもよく分かる。葵も気になっているからだ。勿論言わないでもいいと言ったのは葵だが、その所為で何かが致命的な事になってしまわないかと、不安に思うのも事実だった。

 だから泰介は、憎まれ役を引き受けているのだ。たとえそれが、仁科を傷つけると分かっていても。葵が言わないから。言えないから。

 泰介ばかりを矢面に立たせているようで、心がぎゅっと鋭く痛んだ。

「……いいよ佐伯。俺を庇おうなんて思わなくても。吉野が怒るのも尤もだろ」

 穏やかな声が、葵にかかった。

 俯いていた葵は顔を上げると、足を止めた仁科がこちらを見ていた。その美貌には薄い笑み。本心からの笑みなのかは、葵には確信が持てなかった。

「俺は俺で勝手なの分かってるから。大体そんなのお前ら知ってんだろ? 実際俺、信用ないし。……けど。俺は今回の事だけは、悪いって思ってるんだ」

 その言葉に、葵は何だかはっとした。泰介も、息苦しそうに顔を歪めている。

 仁科の顔から笑みが消えた気がしたからだ。感情の色は読み取りにくいものであっても、仁科なりの真剣さが、確かにそこから伝わってくる。

「……ねえ仁科。大丈夫?」

 口籠りながら言う葵に、仁科は声を立てて笑った。

「俺よりも佐伯は自分の心配した方がいいと思う。そういうのって、見ててすげー危なっかしい」

「……その点に関しては賛成だな」

 泰介がじろりと葵を見てくるので、痛い所を突かれた葵は「う」と呻いた。だが自分では仕方ないと思っているのだ。友人を心配だと思う気持ちに嘘はつけない。

そのやり取りで会話に区切りを付けられたのか、仁科は斜に構えたいつもの笑みを浮かべると、再び前を向いて歩き出した。

「仁科、あてあるの?」

 葵が少し前の泰介と同じ質問をすると、「あてなんか、ないさ」と仁科は振り向きながら同じ答えを言った。ただ今回は、少し台詞を付け足された。

「けど、本当にここにいる人間が俺らだけかは、調べる必要はあると思う」

「え?」

「俺らみたいな被害者が、他にもいるかもしれないじゃん。情報収集は大事だろ」

「……」

 葵は泰介と顔を見合わせ、それから仁科に続いて歩き出した。少し腑に落ちないものを感じたが、今は呑み込もうと心に決める。

 葵も泰介も、二年になって初めて仁科と出会った。今が十月の終わりだから、もう半年以上友達付き合いが続いている。

 半年以上、一年未満。

 これは相手の事を分かり合う期間として、きっとまだまだ、全然足りない。


     *


 険悪な雰囲気は、校舎を散策するうちに少し軽いものになっていた。

「葵、仁科。この階は誰もいないっぽいぞ。次行くぞ、次!」

 先を行く泰介が振り返り、軽い笑みを向けてくる。その声音は先程よりもずっと機嫌のいいものだ。「待ってよお」と葵は声を張った。

 とにかくこの校舎を歩き回り、人がいないかを確認する。

 そんな目標を掲げてからは、泰介は身軽に動き回った。といっても葵や仁科の二人を放っていくようなことはせず、早足で廊下を移動して周囲を観察してから、「次行こうぜ!」と急かすのを繰り返している。身体を動かすのが泰介にとってはストレス軽減になるのだろう。壊滅的な運動オンチの葵から見れば、その運動神経の良さが羨ましい。

 ただ、それは泰介の努力に裏打ちされたものだと葵はちゃんと知っている。

 だから運動する泰介を見る時、葵は楽しい気持ちになるのだろうか。

「あいつ、すごいな」

 横合いからの声に振り返ると、仁科は感嘆の目で泰介の背中を見つめていた。

「そう? どの辺?」

 葵は訊き返したが、仁科の言いたいことを感覚的には分かっていた。それでも何となく仁科の口から聞きたかった。

 そんな葵の心情を知ってか知らずか、仁科は苦笑を返してきた。

「こういう妙なのを、すぐに受け入れられるとことか? でも順応性高いっていうより、前向きなんだろうな。お前らが」

「ほら、早く行くぞ。人を働かせといて何遊んでんだよ」

 泰介の声は弾んでいる。まるで今の状況を楽しみ始めたような声に、仁科が「遠足にでも来たつもりか?」と呆れている。葵も可笑しくなって笑った。

「最初はびっくりしたよ。やっぱり」

 その言葉に、嘘はなかった。クラスメイトの訃報。そして誰の訃報なのかさえ定かではない状況下の登校は、葵の精神にかなり堪えた。そしてその不安が解消された時には、事態がおかしな方向へと転がり始めていた。得体の知れないものに潰されてしまいそうな恐怖は、まだ葵の胸中で蟠っている。

「そうだな。最初は結構取り乱してた」

「仁科は観察者みたいな言い方するよね」

「気に障った?」

「ううん。仁科らしいかなって。やっぱり怖いし不安だけど、今はそうでもないかも。ここにいるメンバーが、泰介と仁科でよかった」

「なんで?」

 仁科は少し驚いたように、普段は細めている目を見開く。

 葵はどう説明すべきか考えてから、例え話を用いた。

「例えば、うーん。呼ばれたのが私とさくらと、敬くんだって仮定してみて」

「は? さくら? けい?」

「あっ、ごめん。秋沢さくら。狭山敬くん」

 クラスメイトの名を挙げると、仁科が首を捻ってから頷いた。

「秋沢……ってあいつか。ケバくて馬鹿っぽい感じの」

「もう、仁科ってば」

「はいはい。悪いな。あと悪いついでにもう一個言わしてもらうと、ケイってのは誰か分かんないや」

 いけしゃあしゃあと仁科は言う。葵は言葉に詰まってしまった。

 さくらはクラスの中でかなり目立つ存在なので、それに引き換え敬は確かに、言い方は悪いが存在感は薄いかもしれない。だがあまりにこれは酷かった。

「仁科、敬くんは私達のクラスの委員長だよ」

 狭山敬は、雰囲気も物腰も柔らかい友人だ。クラスを率先してまとめるような人柄ではないが、クラスメイトからの推薦を断り切れずに委員長に就任した。断れない気持ちは痛いくらいに分かるので、葵はそんな敬に好感を持つし、都合がいいと自覚しながらも応援している。さくらも敬も葵の大事な友達なので、そんな二人が仁科に認識もされていないと思うと、心境は複雑だった。

 ただ、例え話にしても出す名前を誤ってしまった、とは少し思った。咄嗟に口をついて出た名前だったが、それにしたって仁科に言うべき名前ではなかったかもしれない。気まずさにも似た罪悪感が、胸に染みるのを感じた。

「……ああ、イインチョウ」と虚ろな目で仁科は言う。まだ思い出せないでいるのは間違いない。葵は苦笑するが、同時に微かな安堵と寂しさを覚えた。

「で?  話の続きは?」

「あ、えっと……ほら、なんか頼りないでしょ? 仁科も泰介もいないメンバーだったら」

「ほらも何も、俺そいつらよく知らないから」

 仁科は相変わらず葵の反応を愉快そうに見ながら、そのくせ気怠そうに言う。言い分は分かるが、葵としては不本意だ。

「仁科、クラスメイトの顔もうちょっと覚えててよ。例え話の意味がないじゃない」

「必要に迫られない限り覚えないだろうな。どうせ一年たったら関係なくなるし。正真正銘、赤の他人だ」

 いや、あと半年もないか、と仁科が付け足して口の端で笑う。光の加減なのかオレンジ色の仁科の髪が、金色に輝いて綺麗だった。髪を見ている葵に気付いたのか、仁科は呆れを滲ませたような顔でやはり笑った。

「ほら、行くぞ。体育馬鹿に置いてかれる」

「あ、待って」

 葵は慌てて早足の仁科に追いついた。隣に並ぶと、引き結ばれた仁科の口元が僅かだが持ち上がり、また笑われたのだと気づく。葵は少し嬉しくなった。

 仁科は本当なら、どこまでも寡黙になれる人だ。人と会話を交わすことに価値を置いていないのだろう。そんな他者への拒絶とも取れる態度は、皆も感覚的に分かってしまう。

 だがそれを承知で、葵は仁科へ声をかけた。

 仁科は人に合わせない。そんな仁科へ葵が合わせても、違和感があってつまらないだけだろう。無理に背伸びをしなくてもその関係が心地いいなら、難しい事は考えずに、ただ楽しく過ごせばいい。葵はそんな風に思うのだ。

「仁科ぁ、葵ー。この階には誰もいないぜ。一つの校舎の一階分を見終わっただけだし、早く次行くぞ」

 ぼんやりしていたら、泰介が戻ってきた。そして再び歩き出そうとするので、「あ、待って泰介」と葵は呼び止めた。気になることがあったからだ。

「ねえ、ここって何階なんだろ?」

 少なくとも窓の外の景色から、一階や二階でない事は分かっていたし、ここから数メートル先には階段が見え始めていた。

「そういや、そんなの気にしてなかった」

 泰介も廊下の果てに目を向けると、すぐ隣の教室の扉へ、厳しい視線を投げかけた。葵も見上げると、そこには『三年一組』と書かれたプレートがあった。

「っていうかここ。中学校だろ。一番最初の教室で、中学英語の教科書があったじゃん」

「……うん」

 葵は隣の仁科の顔色を気にしながら、泰介の指摘に頷いた。スタート地点とも言うべき教室でも一度話題になっていたが、あの時は結局うやむやになっていた。

 ただ、冷静になってみれば――全然難しい問題ではないと気づく。

「ねえ泰介。仁科。もしかして私たち、人探ししてるより一階に降りた方がいいんじゃない?」

「へ?」

 泰介が頓狂な声を上げた。葵は気が咎めた。泰介がまるで気にかけていないようだったので言いにくいが、言わないわけにもいかない。おそるおそる言った。

「あのね、私たち、どうしてか分からないけど知らない校舎にいるでしょ? でも教室は開いてなくても、昇降口まで鍵かかってるかは調べてないよ。窓は普通に開くみたいだし、もし鍵かかってても……内側から、普通に開くんじゃない?」

「……あ」

 泰介がぽかんと口を開ける。葵は窓の外の景色を覗き込んだ。

 この学校――おそらく中学――は、今葵達がいる校舎と向かい合うように校舎がもう一棟建っていて、それを渡り廊下で繋ぐような造りだった。なので向かいの校舎を見れば、ここが何階なのかは自ずと知れた。

「ここ四階だね。そこの階段で降りたら、多分昇降口から出られるんじゃない? 外に」

 泰介はショックを受けたような顔で、窓の外を見つめていた。

「あー……そっか。そうだよな。呼び出した奴と格闘するわけじゃないし、閉じ込められてるわけでもないのか。すっぽかせばいいんだよな……」

 本当に、その言葉通りだった。葵達は監禁されているわけではないのだ。今だってこうして廊下を自由に歩いているし、その気になればここを出る事だってできる。泰介は呼び出しの相手を憎んでいたのでこの大前提を忘れたのだろう。葵は幼馴染の失念が可愛いく思え、泰介に気取られないようこっそり笑った。

 ひゅうう、と吹き込んだ冷たい風が、葵の髪を嬲っていく。

 知らない校舎に、知らない町並み。窓の外に少し身を乗り出すだけで、それらが密に葵へ迫る。ここはやはり葵にとって完全な異世界だった。

 少しでも自分の知っている景色があれば、現在地を特定できるかもしれない。葵は縋るような思いで、ほんの少しだけ身を乗り出した。

 その時突然、セーラー服の襟をぐっと引かれた。

 窓から遠ざけられた拍子に、臙脂のリボンが踊る。後ろによろけてしまい、葵は背後の人物の胸板に頭をぶつけた。驚いて、手の主を見上げた。

「? 仁科?」

 仁科は手を葵の襟から離すと、何事もなかったかのように泰介を見た。

「じゃあどうする。誰か人がいないか、探すのやめるか?」

「あ、ああ。そうだな。どうする? ええと……学校、出てみるか?」

 泰介は気もそぞろな様子で受け答えをし、同意を求めるように葵を見た。

 目が合った瞬間に、泰介の言わんとしている事が分かる。――今の、なんだ? 葵は小さく首を振る。――分かんないよ。

「……」

 最初に泰介が足を止めて、次いで葵も足を止めた。動かない二人に気付いた仁科が、最後に足を止めた。

 ここまでなのかもしれない。それを全員が悟っていた。

 仁科が、ゆっくりとこちらを振り返った。

「もう話すよ」

 短い言葉だった。必要最低限の言葉で済まそうとしているような、性急さを微かに感じた。飴色の光を受けた仁科は、外光に照らされているにもかかわらず、陰鬱な空気を纏っていた。侮蔑、諦観、哀切。表情に昇った感情は多様で、どれが正しいものか分からない。一番近い感情を挙げるなら、多分恐怖。だがそれさえも微妙に違う気がした。葵は不安に駆られ、一歩仁科へ近づいた。

「仁科、どうしたの……?」

「佐伯はなんで、そんなこと気にするかな」

 仁科は、困ったように笑っていた。からかいのニュアンスが、笑みに滲んだ。

「……突然だったから。どうしたんだろうって思ったの。普通だよ。仁科」

「仁科。何わけ分かんないこと言ってんだよ」

 仁科の歪な笑みが、泰介の方へ向く。泰介の目が厳しく細められた。

「そんな風に笑ってんじゃねえよ。何隠してるか知らねえけど、それを自分から言うって決めたのはお前だろ。だから俺も、お前を急かすのはやめようって思った。……それなのに何だ? 何が気に食わないかなんてどうでもいいけど、俺はそんな態度取るお前が気に食わねえよ」

 仁科は、笑うのをやめた。そして真顔で、泰介を見下ろす。葵はごくりと唾を呑んだが、緊迫した雰囲気は――溜息のように吐き出された仁科の次の一言で、嘘のようにふっと緩んだ。

「佐伯。悪かった。本心じゃない。……今日は、お前に謝ってばっかりだな」

安堵で、身体から力が抜けた。

 何と声を掛けるべきか迷ったが、「ねえ、どうしたの?」と意を決してもう一度訊いた。仁科は葵を安心させようとしてくれたのか、薄い笑みを浮かべた。

「ここに他にも人がいるかなんて、どうでもいい事なんだ」

「え?」

「佐伯の見抜いた通りだ。ただ帰ればいいだけだ。だから俺が吉野にさせた事は、ただ時間を喰うだけで無意味だと思う。俺も分かってて言った」

「……最初から気になってたんだぞ、それ。仁科の提案にしては妙だって思ってた。お前が滅入ってる所為だって思おうとしてたけど、違うんだな」

 感情を無理に抑え込んだような声で、泰介が言う。そして、仁科を睨み付けた。

「仁科。時間稼いだって何にもなんねえぞ? 先延ばしにして有耶無耶にする気ならもう待たねえ。今すぐ洗いざらい吐け」

 泰介は怒りを態度に滲ませながら、同時に訝るような目で仁科を見ている。

 葵は黙ったまま、成り行きをはらはらと見守った。

 そんな張り詰めた緊張感の中で、やがて仁科が自嘲的な表情で言った。

「分かった。……今から、〝宮崎〟の事を話す」

 葵の思考が、止まった。

 ――宮崎?

 仁科要平の言う、宮崎。

 その名を自分は、知っている気がした。

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