第7話オリジナリティ

 趣味の創作であっても、オリジナリティは重要だと言われるだろう。

 オリジナリティを考える際には、影響を受けた作品などなどということも考えないといけないだろう。

 そこで、もしである。影響を受けた作品があったとして、それを巻末にすべて挙げたとする。これによって、その作品のオリジナリティはなくなるだろうか。あるいはオリジナリティは薄まるだろうか。もし、なくなるとか薄まるということがあるとしたら、それはオリジナリティなのだろうか。

 そういうことがあったとしたら、それはおそらくオリジナリティではない。

 前提となる作品が存在し、その上にこそその作品が成立するという場合はどうだろう。これは問題になるだろう。前提となる作品を読めば、その作品を読まなくてもいいようなもの、あるいはリストとして挙げたなら、その作品の存在価値が疑われるようなもの。そういうものであれば、そこにはオリジナリティは存在しないのだろう。だが、その作品を理解するためには、リストとして挙げたものについての知識が必要だという場合、そこにはオリジナリティが存在するだろう。理解するための前提の知識として必要ならば、リストに挙げたものやその延長線上からは外れているはずだからだ。

 あるいは、公開しないとしても、ある作品を読んで、その後にその作品を読みながらではなく書きだしたとする。その際、元の作品ではこうだったが、私にはこのようにしか書けないというところもあるだろう。それはオリジナリティだろう。


 そこで提案する。参考にしたり影響を受けた作品などがあるなら、積極的にそれらをリストアップしよう。リストアップによってこそ、その作品のオリジナリティが見える。それくらいでなくてどうしようというのだろう。リストアップしない、できないのであれば、それはパクっていると明言しているのだと考えよう。影響を受けたとかではない。パクっている、盗作なのだと明言していると考えよう。

 個別の作品においては、リストアップしないこともあるかもしれない。だが、書き手としての姿勢として、そういうものがあるなら明言するという姿勢を定着させよう。

 影響を受けた作品を書かないなら、それは書けない事情があるのだ。そして、カクヨムにおいてその事情とは、盗作以外にはありえない。

 これは二次創作という話ではない。影響を受けた作品があるなら、その作品と著者を明記することはマナーだ。それとも、他の書き手のアイディアを用いることに何の呵責もないのだろうか。呵責がないなら、盗んだりパクるのにこれっぽっちも良心はとがめないという姿勢を明言しよう。

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