第12話
詩織が苦痛と戦いながら眠っているその頃、俺は近所の公園に来ていた。早くもなく遅くもない十二時きっちりに。だけどそこに、あの仔猫の姿はなかった。
「くっそ、あの猫!騙したな!」
「騙したですって?人聞きの悪いこと言わないでよね!」
「・・・だ、誰だお前・・・」
「誰って、わからないの?」
「・・・もしかして、あの猫か?」
「もしかしなくても猫よ。って、あれは世を忍ぶ仮の姿。こんな絶世の美女が街中ウロウロしてたら目立つでしょ?」
誰が絶世の美女だっつうんだよ・・・
「何か言った?」
「い、いや何も・・・確かに目立つな、そのカッコ」
「ほんと、美しいって罪よねぇ・・・」
「ははは・・・」
ここまで言い切れるのは、ある意味賞賛に値すること、なのかもしれない。
「何笑ってんのよ!」
「痛っ!蹴り入れんな!」
「ぼへらーっと突っ立ってるからよ!」
「ぼへらーはないだろ、ぼへらーは!つうかさ、お前なんでそう喧嘩腰なんだ?」
「なんでだ?はっ、マジ使えない・・・これじゃ、お姫様拐われても文句言えないわね」
「拐われるって、どういうことだ?お姫様って、誰だよ?」
「ちょっと、それ本気で言ってんの?」
「本気もなにも、そもそもお前が誰なのか、何で俺がここに呼び出されてるのか、それすらもわかんないよ。っうか、何でお前猫になれるんだ?」
「教えなーい!」
「・・・帰る。」
「ちょっと待って、帰るって・・・」
「これ以上話してても埒明かない」
「埒明かないって、逃げる気?」
「逃げる?ふざけるな!お前がいつまで経っても本当のこと言わないからだろ!」
「・・・・・・」
「何だよ」
「わからないって、冗談じゃなかったの?」
「だから、本当に何もわかんねぇよ。」
突然俺達の前に現れた謎の猫。実は天女の羽衣みたいカッコした女。
「ねぇ、七夕伝説知ってる?」
「七夕?一年に一度、七月七日の夜だけ会えるってあの話か?」
「そう。知ってるんじゃない。」
「それが、お姫様拐われることと、何の関係があるんだよ。」
「あんた達が知ってる七夕の話。あれって全くの作り話だって知ってた?」
「知ってる。織姫と牽牛が天の川挟んで、一年に一度しか会えない。んな子供騙しみたい話、誰が信じるかよ。大体、話の元ネタになったベガとアルタイルって七光年離れてんだぜ?光の速さで往復十四年かかるのに、どうやって一年に一度会うんだよ」
「ふーん・・・ただの馬鹿じゃなさそうね。尤も、一光年が光の速さで一年、って言う辺りはやっぱり馬鹿なんだけどさ」
「馬鹿って、てめぇ!これ以上ふざけるなら俺にも考えが・・・」
「どんな考え?」
「そ、それは・・・」
「あんただって、私が普通の人間じゃないってことくらいわかってるんでしょう?」
そうだ、こいつ宇宙人だぞ・・・宇宙人相手にどう勝負すんだ。最初から俺に勝ち目なんてない・・・
「非力な人間が、猫にすらなれない人間が、私と戦って生きていられると思う?」
「思わない」
「ふっ。なかなか物分りがいいじゃない」
ったく、小憎らしい顔して人のこと見るなっての!にしても・・・宇宙人なんて本当にいるのか?昨日だって大星教授と葱澤社長が激論してただろう、宇宙人なんていないって!だとしたらこいつは何者だ?あーっ!もしかして、最近良く見る、あの・・・!
「おい、カメラどこだ?」
「カメラ?何のことよ」
「どうせ一般人に悪戯しかけて、どういう反応するのか密かに観察してんだろう?ん~なんたっけ、あの番組・・・」
「違ーう、番組なんかじゃなーい!」
「それじゃなきゃ、お前がここにいる説明つかないんだよ。ほら、吐けよ!」
胸座掴もうとして着物に手を掛けた瞬間、女はふわりと消えた。
「え!?・・・えーっ!」
消えた。確かに消えた。俺の目の前で確かに消えた。
「ど、どこ行った!おい、返事しろ。、おい!」
どこを見渡しても女の姿はない。
「おい、聞こえてるんだろ、おい!」
「こら、君!今何時だと思ってるんだ、え?」
振り返るとそこに、警察官が立っていた。
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