第4話失われた神酒を再現せよ

「失われた神酒を再現していただきたいのです」


はい、勘違いさんいらっしゃいましたー。

俺が造酒魔法を覚えてからというもの、こういった輩が本当に増えた。

曰く


「先人の作り上げた芸術とも言える奇跡が失われるのは人類にとって大いなる損失なのです」


とか


「この希少な酒を再現できれば貴方の名声は天にすら届くこととなるでしょう」


やら


「まさに運命!貴方はこの酒を現代に蘇らせる運命にあるのです!」


と来たもんだ、運命2回言うな。


例に漏れず目の前の男もそういった輩の一員だった。

本人曰くビルカの街にあるミリヨーチ教神殿のソミ神に使える副司祭サーヴァ=ソゥミと言う御仁だそうな。

40代のちょっと白髪が増えてきたおじさんだ。


「実はわが町では5年に1度、神に供物を捧げる儀式が行なわれるのです」


サーヴァの言う事には数年前当時の司祭長が酒に酔って火災を起こした所為で供物である神酒の製法が失われてしまったらしい。

なんでも神酒の製法は代々の司祭長にのみ口伝で伝えられる物なのだが当の本人は火事で焼け死んでしまったとか。

神殿の人間達も神酒の製法が残ってないかさんざん探し回ったが見つからずついに儀式の日まで一ヶ月を切ってしまい

途方に暮れた所で俺の噂を聞きわずかな希望にすがるつもりでやって来たという事だ。


「もちろんただとは言いません、神酒を再現していただけたなら最大限のお礼をさせて頂きます」


サーヴァがお付の神官に目配せすると神官は持っていた袋をテーブルの上に置きその中身を俺に見せた。


「コチョの魔法書です、貴方ならお分かりいただけるでしょう?」


コチョ=メイジ、世界に魔法使いの名を知らしめ魔法貴族の礎を築いたといわれる伝説の魔法使いだ。

ウィザード、マジシャン、メイガス、魔法使いを表す言葉は数あれど、かの人物の名を戴いたメイジの名を超える偉称は無い。


だがそれと本が貴重なのかはまったく関係ない。

一言に魔法の本といっても、余りにも古代の本過ぎれば逆に程度の低い魔法しか載っていないこともザラである。


正直旨みは薄い。

本を確認させて貰いたい所だが迂闊に中を見れば以来を受けたと勘違いされてしまうだろう。

というよりその依頼をを受ける事は不可能だ。


「勘違いされている様ですのでご説明させて頂きますが、私の魔法は無から有を作り出す魔法ではありません。

私の魔法で酒を作る為には製法を知るか酒そのものの味を知る必要があります。

ですので既に失われた酒を作り出すことは不可能です」


その後数度の問答があったが、ようやく納得したのか役に立たないのなら用は無いとばかりにさっさと帰っていった。


「という事があったんだ」


「私のいない時に面白い事があったんだな」


文字通り他人事の様にシエラが寝そべりながらクッキーを食べつつ感想を漏らした、太るぞ。


「ベッドでダイエットするか?」


「やめてください」


「優しくしてやるぞ」


「いえいえ」


「むむむ・・・」


「見るからに欲望丸出しの生臭坊主だったからなぁ」


「どうせろくでもない理由で欲しがったんだろうさ」


 とそこでシエラとの歓談を断ち切る様にドアがノックされる

 使用人が俺に新たな依頼人の到来を告げる。


 嫌な予感しかしないなぁ


「その予感はきっと的中するな、女の勘的に」


 嫌な予言をしてくれる。


 そして大変残念なことにその予感は的中した。

 またしても神酒を作って欲しいと言う客が現れたのだ。


 今度の依頼主は若い女性だった、俺より1つ2つ年上かな?

 名をスー=ノノモーと言う名でこれまたビルカの街にあるミリヨーチ教神殿のソミ神に仕える神官であるらしい。


 彼女もまた、俺に神酒を作って欲しいと言ってきたのでサーヴァの時と同じようにお断りさせて頂いた。


「・・・お酒があれば再現できるのですか?」


「一定の量さえ確保できれば」


「・・・・・・」


 もしかして当てがあるのだろうか?


「それにしても1日に2人も同じ依頼をしてくる人間がいるとはな」


「え?」


「シエラ!」


 断ったとはいえ依頼人の名を口にするのはマナー違反だ。

 オレの叱責にシエラはすまんと謝って落ち込んだ。割とヘコみやすいんだよな、あとでフォローしてやらないと。


「あの、もしかしてその依頼人とはサーヴァ=ソゥミと名乗りませんでしたか?」


 答えるわけには行かないので黙秘を通したがこちらの反応で察したようだ。


「あの男は神殿を私物化しようと企む奸賊です!祖父もあの男に陥れられて命を奪われたのです!」


 ん?なんかキナ臭くなって来たぞ。

 聞くべきか聞かざるべきか・・・


「何があったのだ?」


 躊躇しないシエラさん素敵! お願いだから考えてから喋って。


「サーヴァは司祭長の地位を狙って祖父と対立していました。

3年前、サーヴァに呼ばれたと言って祖父は家を出て行き、翌日神殿で火事を引き起こした犯人として物言わぬ死体となりました。

祖父の亡骸は犯行の証拠として教会に押収され、遂に私達遺族の元に返る事は無く、火事を起こした神殿の恥として無縁墓に埋められました」


 遺族としちゃあやりきれない話だな。


「火事を起こした証拠はあったのか?」


「ありません、遺体発見現場で酒のビンを抱えていた祖父の遺体があり、そばにランタンがあったことから祖父が泥酔してランタンを倒したことが原因といわれています」


「限り無くグレーだな」


「どっちの意味で?」


「普通に考えれば司祭長が犯人として、裏の意味で考えれば配置が意図的過ぎる」


 シエラはサーヴァが怪しいと考えているのか。


「逆にサーヴァが犯人と言う証拠はあるんですか?」


「証拠はありません、ですが祖父の遺体を発見したのも祖父を犯人と断定したのも、祖父の遺体を検察したのも、祖父の遺体を無縁墓に埋めたのもすべてサーヴァの息がかかった人間です」


「なぜサーヴァの手の者と断定できる?」


「神殿内である程度の地位にあるものは何処かしらの派閥に所属しておりますから」


 なるほど、それなら断言できるな。


「とはいえ神酒を再現する事と関係ないよね、これ」


「そうだな」


 シエラは大筋が解って飽きたようで返事もおざなりだ。


「お願いします!!どうか神酒を再現して下さい!神酒さえ再現できれば父が司祭長になれます!!」


「先代が犯人扱いされてちゃ難しいんじゃない?」


「神酒さえあれば逆転できます!!」


「その根拠は?」


「捧げられた神酒が本物なら杯を神が飲み干されます、偽者なら神の手で神罰が下されます。

過去の神官長を陥れる為に偽りの神酒を作った者が神罰を受け命を落としました」


 この世界、神は本当にいる。

 特に神事の場では神が世界に干渉しやすくなり、儀式を全うする事で神の加護を得ることが出来る。

 身近な例で言えば結婚式で行なわれる女神の祝福だ。

 ただ基本的に神は人間世界にはノータッチで独力独歩を推奨している。

 祝い事の時やどうしようもない時、そして今回のような昔から続く神事の時のみ相応しい代価を捧げることで力を授けてくれるのだ。


「今回の神事で私達が神事を成功させれば神官長になった父の権力で祖父の事件の真相を再調査できます。父が神官長になればサーヴァに味方する者も減るはずです。場合によっては父に擦り寄る為にサーヴァの悪行の証拠を手土産にする者が現れる可能性もあります!!」


 ズブズブですなぁ宗教家の皆さん。

 とはいえ、そんな上手くいくとは思えないがなぁ。


「どちらにしろ神酒そのものか製法がわからないとなんとも出来ないよ」


「神酒は私が用意します、当てがあるのです!!」


「じゃあ用意できたらやってみるということで」


「はい!よろしくお願い致します!!」


 そういってスーさんは元気よく帰って行った。


「で、そんなに上手く出来るのか?」


「少なくとも本物があれば再現は可能だよ」


「材料は分かるのか?」


「同じ魔法を使い続ければ慣れてくるもんさ」


 オレの魔法酒造魔法は酒を作る魔法だ、材料さえあればすぐに酒が完成する。

 さらに製法を知っていればその味は参考にした酒に近づけることも可能だ。


 だが酒造魔法に習熟した俺はある事実に気付いた。

 これは計算式じゃないのかと。

 酒と言う答えに材料と言う数字を製法と言う公式で組み合わせることで答えを出す。

 この公式が1+1=2だけでなく1+2-1=2だったり1×2=2だったりすると計算式では同じ酒と言う答えだが実際に出来るの酒は微妙に味が違ってくる。


 それというのも酒を飲んでいるとこの酒にはどの葡萄を使っているかとかどれだけ熟成させたかなどがおぼろげに思いつくようになったからだ。

 もちろんそれが全て当たっていた訳ではないが仮説を立てるには十分だった。


 仮説を元に酒から材料を予想して製法を推測する、そして酒を作る。

 その結果完全に同じではないが幾つかは本来の酒に近い味が出来た。

 特に俺がその材料を口にしたことがあるかどうかは非常に重要な要因だった。

 飲んだ酒がワインならこれは何処そこの葡萄のような気がすると分かる様になったのだ。

 逆にまったく食べたことの無い物が材料の場合はまったく分からなかった。


 だから神酒を飲んで材料を推察して再現する、神殿の食料の仕入れについての書類を閲覧できれば

 それも難しくはないだろう。

 ただ味の決め手を秘匿してそれを独自に入手していた場合はお手上げだ。

 それほどまでに他人の味の再現は難しい。


「それ、普通に作っても同じじゃないのか?」


「あえていえば製造速度が遥かに短い」


「それは利点だな」


 逆に言えばそれ以外は手間だ、再現と言う縛りが入る場合はだが。

 スーさんが無事神酒のサンプルを入手する事ができれば良いのだが 。


 ◆


「駄目でした・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 翌日、さっそくやってきたスーさんを前にして、俺達はやっぱりなと言う顔を見合わせていた。

 そんな予感はしていたのだ、彼女が簡単に手に入れることができるのなら今頃サーヴァが手に入れていることだろう。


「神酒は無かったのか?」


 また聞きにくいことをズケズケと。


「いえ、神酒はあったのですが持ち主の方が・・・」


 どうも持ち主はがめつい性格の様だ。


「神酒が欲しければ愛人になれといわれて・・・」


 がめついじゃなくてエロいだった。


「愛人になったのか?」


「なってません!!」


 すげぇ、それを聞いちゃうか?


「人の営みは愛があるからこそ素晴らしいのです! 愛がない営みは決して許させることではありません!!」


「つまり愛があれば何人でも良いんだな?」


「え?」


「そういう事だろう? 男に複数の女を同時に愛する甲斐性があれば良いわけだ」


 煽るな。


「そそそそっそそそっそ!!!そのような事は許されません!!!」


「ん? 別に妻を複数持つ事は禁じられていないだろう? 神の教えにも駄目とは書いていない」


「で、でででででも!」


「重要なのは自分が愛する者の一番である事だ、たとえ何人妻を娶ろうとも自分が最も愛する存在になる努力をすれば良いのだ、努力をする事は正しい事だ」


「そ、そうなんですか?」


「そうだ」


「だから愛人と言う立場に臆することなどない、寧ろ正妻の座を奪ってしまえば良いのだ。夫の人間性が問題ならばお前の愛で正しい人間に更生させるのだ。

誤った生き方を正す、それが神に使える者の勤めではないのか?」


「更生・・・」


「そうすれば神酒はお前の物になり、お前の父親は神官長になってサーヴァの不正を明かすことが出来る。そうすればお前は伴侶と幸せな人生を送れる。……完璧だろう」


「そう……ですね……」


すげぇ、まったく関係ない方向に誘導している。

自分理論をさも普通の事のように話して、相手をパニックに陥らせてから都合の良い展開をさもこれから起こる現実の様に言い含めている。

しかもあくまで自己責任と後で言い逃れができる言い方で。

アイツは詐欺師にでもなるつもりか、まぁスーさんがチョロすぎるのもあるんだが。

真面目すぎるとこういうとき柔軟性が足りなくて危ないよね。


 ……そろそろ止めようかな。


「愛人になる必要はないだろ」


「「え?」」


 いやシエラ、お前まで不思議そうに聞き返すなよ。


「要は戯れだよ、スーさんよりも気にいる物があれば良いんだ」


「私よりも?」


「スーよりも価値のある物とは何だ?」


「酒が惜しいのならそれ以上の酒を持っていけば良い」


「「酒?」」


 ◆


 と言うわけで俺達は手土産を持って神酒を持っている人物、スーさんの大叔父デーン=オーの屋敷にやってきた。

 デーン氏は平民だがやり手の商人でビルカの街の流通を実質支配しているそうだ。

 スーさんの口利きでアポイントメントの必要なく屋敷の中に案内される。

 応接間で待つこと10分デーン氏は現れた。


「お待たせして申し訳ない、ローカリット殿」


「気軽にアークとお呼びください、オー殿。私は家督も継げない3男坊ですので気を使う必要はありませんよ」


 デーン氏は平民とはいえ有力な商人なのでオレも貴族らしく話さなければならない。

 とはいえこの間まで魔法を使えなかった俺は社交界に出ることを許されていなかった上に社交界に出る為の教育をする暇があったら魔法を覚えろと言われていたので貴族としては最低限の教育しか受けていない。

 ミスをしないかちょっと不安だ。


「では私もデーンと御呼びくださいアーク様」


「承知しましたデーン殿」


「それで此度は当家にいかなる理由で?」


 そういってスーさんの方を視線だけで見る。

 一昨日スーさんが来たばかりだから予想は出来ているんだろうな。


「私は魔法を使って酒を造る事を生業としているのですが、先日スーさんからミリヨーチ教の神事で使われる神酒の再現を依頼されたのです」


「なるほど、3年前の事件で神酒の製法が失われてしまいましたからな」


「ええ」


「確かに私は神酒を持っています。ですが・・・」


 もったいぶるデーン氏、どうせサーヴァも欲しがっているって言うんだろ?


「別の方からも神酒を譲ってほしいと言われておりましてな」


「大叔様!! あの男は!!」


「お前は黙っていなさい、それともお前が対価を払ってくれるのかね?」


 下卑た目でスーさんを見るデーン氏、

 要するに幾ら出す? と言うことだろう、期日のギリギリまで代金を吊り上げて大金をせしめようと言う腹だ。

 まぁ商売人としては正しいが。


「まず私に協力していただければ神酒の再現に協力したとして、神殿に対して借しが作れます」


「借しねぇ」


 少なくともサーヴァに渡しても再現は出来ないだろう、俺に依頼してくる可能性はあるが。

 だが俺がここにいる以上サーヴァに協力するとは思わないはずだ。

 それでもこの生返事と言うことは町の権力に興味はないということか。

 ならやはり切り札の出番かな。


「先方が提示した対価はお金ですか?」


「それは言えませんな」


「私が提供できるのはこれですね」


 そういって一本の酒ビンを取り出す。


「ん?それは・・・」


 シエラは気づいたようだ。


「これ・・・は!?」


「え?な、何ですか一体?」


 スーさんだけが一人取り残されている。

 だがデーン氏に視界にはスーさんの姿など欠片も映っていなかった。

 彼は目の前の酒に心奪われていたのだ。


「アーク様、こ、これはまさか・・・・」


「400年前に滅亡したマズヨネ王国で作られていた幻の酒バルジルです」


「ほ、ほぁぁぁ! や、やはりそうでしたか」


 デーン氏はさっきまでの余裕ある態度が嘘の様に挙動不審になっている。


「い、いったいどうやってこれを手に入れたのですか?」


「私の書斎を見たいという方がいましてね、その方が書斎を見せたお礼にと譲ってくださったのですよ」


「・・・なるほど、そういう理由でしたか」


 彼ほどの商人なら俺が魔法の本を集めていた事は知っているだろう。

 そしてこの酒は俺が魔法を覚えるために手当たり次第に魔法の本を探していた時に出会った人物に頂いたのだ。

 その人物は王都に住んでいる上級貴族リンミー子爵の甥だった。

 リンミー子爵は王都で近衛騎士団に所属しているエリートで7歳にもなって魔法の使えない甥を恥ずかしく思って俺を頼らせたらしい。何しろ近衛騎士の親族が平民落ちなどしたら、それを理由に回りの者達から足を引っ張られ近衛騎士を引退させられるかもしれないからだ。

 げに恐ろしきは平民落ちよ。

 そういった裏事情からリンミー子爵は奮発して秘蔵の酒を譲ってくれたのだ。

 金貨にして20枚はくだらないシロモノだ、酒としては破格である。

 製法が失われ後は値が上がるだけの酒だ、しかも値段に相応しい極上の味らしい。

 そしてデーン氏は味よりも値段よりも、二度と手に入らない貴重な酒という部分に商売としての価値を見出した様だ。

 神酒も確かに貴重だが、この酒とではネームバリューが違う。

 そのうち飲もうと思って取っておいたのだが、こういう交渉に使えるかもと思いずっと飲まずに取って置いたのだ。

 とうか勿体無くて飲めなかった。


「ほ。本当にこの酒を譲っていただけるのですか?」


「ええ」


「しかしこの酒とではいかに神酒といえども価値が・・・」


「問題ありません、差額はスーさんが支払ってくれますので」


「ええ!?」


 イキナリ話を振られたスーさんが驚きの声をあげる。


「スーさんの依頼は神酒の再現です、なら神酒を作る際にかかったお金は必要経費として請求できるのが道理です。そうですよねスーさん?」


「……はい……」


 青い顔をしてスーさんが頷く。


「所で、デーンさんなら幾らでこの酒を買いますか?」


「そうですな、私なら金貨30枚は固いですな」


「さ!さんじゅうまい!!」


「では金貨30枚を必要経費でお願いしますねスーさん」


「ええええええええー!?」


「成功報酬で構いませんので」


「ふえぇぇぇぇぇ」


 正に泣き笑いと言った顔で頷くスーさんだった。


 ◆


 無事神酒を入手した俺は屋敷に戻って工房に篭る、まずは酒の味を確認だ。

 オレは躊躇無く酒を開封しグラスに注ぐ。


 そして神酒の味を確認しようと口に含んだその時、体が弾けた。

 本気でそう思った。

 体中が悲鳴をあげ激痛が走る、そして次の瞬間世界が開いた。

 水の中から上がったように心身が開放され、薄く濁った膜をめくった様に意識がクリアになる。

 全身の感覚が鋭敏になる、口の中に含む酒の味が隅々まで理解できる。

 神酒を作る為に必要な材料があっけないほど分かる。

 そして口に含んだ神酒が喉を滑り胃に落ちていく。

 神酒が体内を異動していく度に体が覚醒していくのを感じる。

 文字通り生まれ変わった気分だ。


「あの、神酒の材料は分かりましたか?」


「ああ、わかった・・・」


「ほんとですか!?」


「スーさん」


「は、はい、何でしょうか?」


「神酒と言うのは何か特別な効能があるのですか?」


「え? ええ、神酒を飲んだものは神の加護を授かるという話があります、飲んだ人を見た事が無いので真偽は不明ですが、それが何か?」


「……いや、神酒と言うくらいですから何か特別な効能は無いかなと」


「どうでしょうか? 本当に神のご加護を頂けるのでしたら、たくさんの人が神酒を飲みに来るでしょう」


 なるほどスーは神酒の御利益に対しては否定派か。

 だったら言わなくても良いかな。

 確かに彼女の言う通り、迂闊に喋って良い効能ではなさそうだ。

 それほどまでに神酒の効力は俺に力を与えた。

 俺はすぐさま神酒の再現を行い、樽一杯の神酒をスーさんに送るのだった。


 ◆


 結果として神酒を用意できたスーさんの父親が神官長になった。

 そして3年前の真相を明らかにするべく再調査が開始された。

 サーヴァは今更過ぎた話を蒸し返すなと抵抗したのだが、権力争いに負けたサーヴァの味方をする者は誰一人としておらず、最後にはスーさんの父親に擦り寄る為にかつての仲間に3年前の真相を暴露される事となった。


 そして予想通り、スーさんの祖父を殺したのはサーヴァだった。

 話し合いと言う名目で呼びだしたスーさんの祖父に酒を飲ませて酔いつぶし、深夜の神殿に置き去りにして火事に巻き込み殺したとの事だ。

 当時の真相を知る複数の証人が現れた為、サーヴァは殺人犯として捕まりスーの祖父の名誉は守られた。


 こうして俺は神殿に貸しを作り無事報酬を受け取った。

 神酒の必要経費、金貨30枚はサーヴァの隠し持っていた隠し財産を神殿が没収し、そこからある程度支払われる事となった。

 スーさんも祖父の死の真相で色々思う所もあるだろうから、残った支払い金額は分割習いで支払って貰う事にした。


 ◆


 今回は中々に実りのある依頼だった。

 失われた神酒の製法を手に入れる事が出来たのは正に僥倖と言える出来事であった。

 何しろ飲めば神のご加護を授かれる酒なのだ、飲まない理由が無い。


 ……と思っていたのだが……


「うう……」


 翌日、俺はベッドから一歩も動けずにいた。

 神酒を飲んだ後遺症で俺の体は激痛に襲われ、その後一週間の長きにわたり身動き一つ出来ない状態になってしまったのだ。

 更にようやく体が治ったと思ったら神酒の加護の効果が綺麗さっぱり消えていた。

 だから俺は2度と神酒を飲まないと心に誓うのだった。


 なお寝込んでいた間の俺の看病は……シエラが独占していた。

 もうお婿にいけない。

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