第88話「僕らの呪いが解けるとき」

「エドウィン……? エドウィンは……? てめェら、エドウィンをどこにやったんだよっ……!?」


 ハハ、ハハハハハッ……とジスランは乾いた声で笑い出す。


「おいおいおいおい! エドウィンをどこにやったんだよ!? おまえら、知ってんだろ!? どこだよ!! エドウィンはどこにいるんだよ!! 答えろ!!」


 魔法陣の縁から雷撃が伸び、近くにいたラクロを襲った。


「っ……!」


「ハハハハハハッ!! 答えろよ! エドウィンはどこなんだよ!? 早く答えねーと死ぬぜ!? ハハハハハハッ!!」


「……死なねぇよ」


 苦しげに顔を歪めたラクロがはっきりと言い、一歩を踏み出す。


 魔法陣の中に、足を踏み入れる。


「……俺は、絶対に死なねぇ」


 ゆっくりと、一歩一歩──セシルへと近づく。


「てめェ……!」


 ジスランが犬歯を剥き出しにし、雷撃を強める。

 しかし、ラクロの歩みは止まらない。


「死んだら、こいつがピーピーうるせぇからな」


 ラクロの伸ばした手が、セシルの手に触れる。


 その瞬間、呪いが解けたかのように身体が動いた。


「ラクロッ……!」


 セシルはラクロの胸に飛び込み、ラクロはそれを抱きとめる。


「久しぶりだな。胸の傷、痛くねぇのか?」


 ラクロの肌から焦げた臭いと、血の匂いががした。

 セシルは泣き出しそうに顔を歪める。


「君こそ……!」


 ラクロはふっと笑い、セシルの身体をそっと隣に避けた。


「ちょっと退いてろ」


 セシルの血をべったりと胸につけたラクロが、ジスランと向き合う。


 と、セシルに触れていたときは止んでいた雷撃が再びラクロを襲った。


「くっ……!」


「ラクロッ!」


「もうやめろ、ジスラン!!」


 ……叫んだのは、魔法陣の外に立つ、鈍色の甲冑を着た人物だった。その隣には、兜を小脇に抱えて桃色の髪をなびかせて立つシルヴィアの姿がある。


 男が兜を外し、素顔を表す。


「僕はここだ、ジスラン」


「エドウィン……!」


 ジスランの顔に、晴れ渡るような笑みが広がる。


 エドウィンはその様子にふっと口元を緩めた。そして、すぐに表情を引き締めて、


「……お願いだ、ジスラン。大厄災を止めて」


 笑顔だったジスランの表情が、泣き出しそうに歪んだ。


 ラクロを襲う電撃が止む。


 ラクロは静かに腰の剣を引き抜き、剣先をジスランに突きつけた。


 セシルは静かに息を飲む。


(ラクロ……!)


 ──ついにこのときがやってきたのだ。


 ラクロの家族と故郷を奪った男に復讐する機会が、ついに──


 しかし。


「……大厄災を止めろ」


 ──ラクロは、その剣を血に染めることはしなかった。


 剣はジスランが手にしていた日記を弾き飛ばす。日記は宙を舞って魔法陣の外に落ち、


「な……」


 ジスランは、アイラインで囲んだ目を見開いた。


 ──本当は、世界などどうでもよかった。


 他人も。人生も。大切なものなど、何一つないと思っていた。

 この復讐に、命のすべてを賭けていた。


 それでもラクロは、


「大厄災を止めなければ、本当におまえを殺す」


 この世界を、救おうとしていた。


 エドウィンが魔法陣の中に足を踏み入れる。

 剣を押しのけ、ラクロとジスランの間に身体を割り込ませ、


「ジスラン。父は死んだんだ。……もう誰もこんなこと、望んでないんだよ」


「エドウィン……まさか……おまえが言ったのか? こいつらに、親父を殺すように……」


「ああ」


 エドウィンはうなずく。


「ジスラン。これで僕たちは、たった二人の家族になったんだよ。……だからもう、こんなことしなくてもいいんだ。こんなことをしなくても、僕らはもう家族なんだ。僕らの絆を邪魔する者は、もう誰一人いないんだ……。

 だからお願いだ、ジスラン。大厄災を止めて。……僕と君がこれから一緒に生きる世界を、壊さないでくれ」


 ジスランは泣き出しそうな顔でエドウィンを見つめる。


「……もう、無理だよ」


 そして、中庭で笑い声を立てる銀色の巨大な女を見た。


「もう術は完成しちまってる。……俺たちにできるのは、あいつが世界中をぶっ壊していくのを見てるだけだよ」

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