第83話「僕らはひとりでは生きていけない」

「ま、王国騎士団じゃ敵に太刀打ちできねェってわかったのが、もう大打撃だと思うけどな。……つーかさ、俺もおまえに訊きたいことがあってさァ」


 ジスランは赤茶色の瞳でギラリと睨むようにセシルを見た。


「……おまえ、あの戦場で黒い鎧を見なかったか?」


「黒い鎧? ……さぁ?」


「見てねェか……」


 ジスランが気落ちしたようにつぶやく。

 その様子に、セシルはピンとくるものがあった。


「……君の知り合い? ……もしかして、死んだの?」


「死んでねェよ!!」


 ジスランは顔を上げ、すごい剣幕で怒鳴った。


「死んでねェ! あいつが死ぬワケねェんだ……! だって、あいつが死んだら、俺はっ……!」


 突然取り乱した様子のジスランに、セシルは驚いて硬直する。


「殺してやるからな……」


 ジスランは低い声で呻く。


「もし、おまえの仲間があいつを殺したら……おまえも、おまえの仲間も、全員ブッ殺してやるからな……」


「さ……させないよ、そんなこと」


 セシルは冷静に言った。


「君の言うその人がどうなったのかは知らないけど……でも、そんなことは絶対にさせない」


「ハッ! よく言うぜ! 守られてるだけのお姫様がよォ! てめェなんか一人じゃ何もできねェくせに! ……ほら! てめェなんか、てめェ一人の命も自分で守れねェじゃねェか!」


 ジスランは片手でセシルの首を掴み、身体を持ち上げた。

 気道を塞がれ、セシルは息ができなくなる。


「か、は……っ」


「ほら! なんとかしてみやがれ! てめェ一人でよ!」


「……で……な、い……せに」


「あ?」


「でき、ない……くせにっ……!」


「……!」


 ジスランは舌打ちを一つすると、すぐに冷めた瞳になってセシルを離した。


 セシルはその場に崩れるようにぺたんと床に座り込み、はぁはぁと乱れる呼吸の中で言った。


「君は……僕を殺すことなんて、できないんだ。できるならとっくにやってる……そうだろ?」


 ジスランは答えない。興醒めしたようにセシルから目を離して、再びドレッサーに腰を下ろした。


「僕は、たしかに一人じゃ何もできない……。でも……みんな本当はそうなんじゃないのか? 本当は、誰も一人じゃ生きていけないから……だから、誰かと繋がるんじゃないのか。誰かに助けてもらうために……。誰かを、助けるために……」


「…………」


 ジスランは何も答えない。

 セシルは息を整えて言った。


「……僕をどうする気だ?」


「……その『僕』っての、こんなトコで使わなくてもいーんじゃねェの?」


 ジスランの声は再び普段の軽い調子に戻っていた。


「なんで騎士なんてやってんのか知らねェけどよ。せっかくカワイイ女の子なんだしさァ」


「なっ……!」


「あ、ちなみにそれに着替えさせたのは俺ね。鎧と武器は没収したから」


「っ……!」


 セシルはさっと頬を赤らめて、反射的に両腕で身体を抱く。


「なんもしてねーから心配すんな。つるぺたには興味ねェよ」


「なっ……!? い、いいから質問に答えろよ! 僕に何の用だ?」


「あんたは触媒なんだよ」


「え?」


 ジスランはあっけらかんと答える。


「千年前に世界を滅ぼした大厄災。その発動に必要な最後の触媒が、あんたの身体に流れてるエルフの王族の生き血なんだよ」


「は……?」


 大厄災?

 触媒?


(……僕の身体に、エルフの王族の血が流れてる……?)


 意味がわからなかった。


「わけわかんねェって顔してるな。……ま、じゃあせっかくだから教えてやるかァ。親父殿が来るまでまだ時間もありそうだしな」


 そして、ジスランは語りはじめた。

 大昔の話を──大厄災の真実を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る