第11章「大厄災」
第82話「シュティリケ城」
目が覚めると、白いレースの天井が目に入った。
(あれ……)
セシルはぼんやりとしたまま視線を下にずらす。
右手に大きな窓が見えた。
そこは広い部屋だった。
クローゼットと豪奢な
ドレッサーに、一人の男が腰掛けていた。
赤い髪。
長く引かれたアイラインに、紫色に染められた唇。
左右の耳に大量につけたピアス。
(ジスラン……!)
セシルは慌てて起き上がる。
解けた銀の髪が揺れて、セシルはラクロからもらった髪紐がないことに気がついた。
「お、やっと気がついたか」
ジスランはにやりと唇の端を釣り上げた。
「ずっと起きねーから、死んだかと思ったぜ」
胸から白いシーツがするすると落ちた。
現れた衣服は見覚えのない、胸元の大きく開いた絹のような手触りの白いドレスに変わっている。
(なんだこの服は……!?)
「……ここはどこ?」
問いかけた声は自分で思った以上に小さかった。まるでしばらく声を出していなかったかのように。
「王子様の部屋だよ」
「は?」
「おまえが一緒にいた王子様。あいつが昔使ってた部屋さ。調度品は入れ替えてあるけどな」
「っ……!」
(ラクロが使ってた部屋……!? ということは……)
「シュティリケの、王城……?」
「そーゆーこと」
セシルはベッドから飛び降りて窓に駆け寄った。
窓ははめ殺しになっていた。ガラスの向こうには石の壁……シュティリケの国壁が見える。
見おろすと、地面は遥か下にある。セシルがいるのは相当高い階のようだった。
「あんたは俺の召喚術に捕まって、シュティリケにいる俺のところまでやってきたんだ。逃げようったって無駄だぜ。ここは飛び降りられる高さじゃねェし、廊下には見張りがうじゃうじゃいる。非力なあんたにゃ手も足も出ねェよ」
「っ……!」
セシルは悔しさに歯噛みしながら部屋を見回す。
部屋に時計はない。外は明るいが、今は何時なのだろう。
(あれから、何日経ってる……?)
「……戦いは、どうなったの?」
震える声で訊いた。
(ラクロたちは無事なのか……?)
「イルナディオス軍はアルファルド騎士団を撃破し、王都エンデスに向かって進軍中だよ」
「……!」
薄ら笑いを含んだジスランの声が、頭の中で反響する。
(イルナディオス軍が、騎士団を撃破……? それってつまり……)
騎士団が、負けたってこと──?
「っ……みんなはどうなったんだっ!?」
セシルは裸足でジスランに詰め寄る。
「みんなは無事なのか!? ラクロは? テレジオは? ダリアンは……!?」
「知らねェよ」
ジスランはセシルの手首を掴むと、ぐっとその身体を押し返した。
セシルはふらつき、ドレスの裾を踏んづけて無様に尻餅をつく。
「俺が敵さんの事情なんか知ってるワケねーだろ。……ま、でも全滅ってわけじゃないみたいだぜ。早々に見切りをつけて、団が致命傷を受ける前にさっさと撤退したらしい。優秀な指揮官がいるんだなァ、きっと」
「そう……なのか」
(なんだ、全員死んだわけじゃないのか……)
セシルはほっと息をつく。
胸に小さな希望の光が灯った。
──大丈夫。ラクロたちは強い。きっと生き延びていてくれるはすだ。
(大丈夫。きっと大丈夫だ……)
セシルは祈るように自分に言い聞かせた。
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