第95話「即位式」

 次第にホールの席が埋まっていき、先ほど部屋を出たダリアンも式のはじまる前には戻ってきた。


 新シュティリケ国王の即位式には、同盟国であるアルファルド王族、そして近隣諸国の王侯貴族がずらりと出席していた。


 皆、新しい国家の誕生に強い興味を持っているのだ。


 アルファルドから送られた専門家の助けを借り、法制度を整え、建物の修復を急ピッチで進める新シュティリケ王国は、今までにない新しい政治形態を取り入れた国家として立ち上がろうとしていた。


 民主主義国家。


 それは、政策決定の場として議会を設け、国民の代表者たちにその是非を問う新しい形の政治である。


 これまで、国の動向は王の独断で決められていた。そこに一般の国民の意志が介入する余地は皆無だった。


 しかし、王がその判断を誤ったとき、不都合を被るのは国民である。

 王の独断で戦争をはじめ、その結果国民が悲惨な生活を強いられたイルナディオスなどはその典型だった。


 もう二度と、誰かの独断で戦争が起こらないように。

 国民の意志が、その抑止力となるように。

 自分がこの世を去った後にどんな王が現れたとしても、ずっと平和が続くように。


 そんな想いを込めて、新王は新しいシュティリケの国に国民議会を設置することを決めたのだった。


 国民に一部の決定権を委ねるということは、一方で絶対的な君主制が崩壊することを意味していた。


 今、世界にある国家はすべて、絶対君主──つまり王を抱えていた。

 その状態で民主主義を導入した国が成功すれば、周囲の国々にも民主化を求める動きがくれかもしれない。


 それは波となって国家を飲み込み、それまで絶対的な権力を振るっていた王や貴族たちを玉座から引きずり下ろすことになるかもしれない──


 権力構造の崩壊。


 それを未然に防ぐために、近隣諸国の王侯貴族たちはこの新しい民主主義の国の動向に目を光らせる必要があるのだった。


 それはもちろん、将来アルファルドを統治するアメリアや、国家の要職に就くシルヴィア、そしてその弟子であるセシルにとっても同じである。


 ……とはいえ、まだ議員の選出すらはじまっていない現段階から、新シュティリケの議会制民主主義はさまざまな問題を抱えていることが指摘されている。


 シュティリケの政治形態が新しい国家のモデルとなる日は、まだまだ先になりそうだ。


 客席がすべて埋まった頃、白い装束を身にまとった神官が、しずしずと舞台袖から現れる。


 神官が恭しく一礼し、ゆっくりとステージ中央から奥に伸びる、緑色のカーテンで仕切られた通路を開けた。


 そこには、新シュティリケの若き国王──ラクロ・シュティリケが、襟の詰まったきらびやかなジャケットにマントを羽織って、端正な顔に仏頂面を貼り付けて立っていた。

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