第45話「謎の魔術師」

 物音がして、目を覚ます。


 上半身を起こし、カーテンの閉まった窓のほうに目を向けた。


 寝静まっているはずの夜の街が、なんだか騒がしかった。


 コンコン、と部屋の扉が鳴る。返事を待たず、シルヴィアが入室してきた。


 シルヴィアは上体を起こしているセシルを見て、一瞬驚いたように目を見開く。しかしすぐに真顔に戻って、


「街のほうが騒がしいわ。少し様子を見てくるから、あんたはここにいて」


 すばやく部屋を出ていく。


 すぐに廊下で別の扉が開く音がして、次いでテレジオの「夜の女性の一人歩きは危ないですよ」という声。

 重なった二人分の足音が階下に消えていく。


 セシルはベッドから起き上がり、窓のカーテンを開けた。


 月明りに照らされた街に、化け物の影が浮かび上がる。


(アンシーリー……!?)


 人間の二、三倍はある大きな身体が、逃げ惑う人々を追いかけ回していた。数は十体ほど。


 シルヴィアとテレジオは、あれを止めにいったのだ。たった二人で。


(無茶だ……!)


 セシルは部屋を飛び出そうとして、振り返った瞬間、足を止める。


 部屋の真ん中に、見知らぬ男が立っていた。


「っ……!?」


 心臓が嫌な音を立てて飛び跳ねた。


 フードを深くかぶっているせいで顔は見えない。


 が、セシルにはすぐにわかった。


 あいつだ。


 対トロール戦のときにセシルを見て笑った、あの男だ。


 部屋の扉は閉まっている。物音も、誰かが入ってくる気配もなかったのに。


(いつの間に……!)


 男は口元に粘っこい笑みを浮かべている。


 一歩、足を踏み出した。


 ローブの長い袖がゆらゆらと揺れ、奇妙な輪郭の影が床で揺らめく。


 セシルが一歩後ずさり、背中が窓にぶつかった。


「んなに怖がんなよォ、お姫様。別に取って食おうってわけじゃねーんだし。あ、取るは取るか。食いはしねーけど」


 口を開いた男の声は、場違いに明るかった。


「てことで、大人しく俺に取られてね?」


 男が一瞬で距離を詰める。


「っ……!?」


 男は、一歩も動かずに一瞬にしてセシルの目の前にやってきた。


 セシルの腕をつかむ。とっさに振り解こうとして、しかしやはり男女の力の差か、びくともしなかった。


 男の肩越しに、扉が開くのが見えた。


「……なんだ、てめぇ」


 ラクロだった。

 右手にバスタードソードを握っている。


「……おっと。邪魔される前に、とっとと退散すっかぁ」


 男は笑ったままセシルの腰に腕を回した。


 すると、触れてもいない両開きのベランダのガラス戸が勢いよく開いた。


 男はセシルの細腰を抱えたまま、軽やかなバックステップでベランダに出る。手すりに飛び乗り、


「ひっ……!?」


 後ろ向きに倒れこんだ。


「……セシルッ!」


 ふわりと身体が宙に浮く。


 ――落ちる!

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