第33話「襲撃者」

 近衛隊宿舎のシャワールームは、簡単な仕切り板で区切られただけの共用空間である。

 七人が同時に使うことができ、利用者同士の姿はお互いに丸見えだ。

 つまり、女のセシルは使うことができない。


 そこで、セシルは二、三日に一回、街の公衆浴場を利用していた。


 帽子の中にしまった髪が生乾きなのが気になるが、それでも普段は髪を水で洗い、濡らしたタオルで身体を拭くだけなので、風呂に入れる日は機嫌がいい。


 小さく鼻歌を歌いながら、しかし慎重にあたりを警戒しながら女湯を出る。

 ……女湯から出てくるところを騎士団員に見られでもしたら大変だ。


 ぬるい夜風に火照った身体を撫でられ、


「あの……」


 後ろから、声をかけられた。

 振り返ると、女が一人立っている。


「すみません。道をお尋ねしたいのですが……」


 若い女だ。目立つタイプではないが、よく見ると整った顔立ちをしている。


「オルコックという宿に戻りたいのですが、王都の街がよくわからなくて……」


「ああ。それなら、ここからそんなに遠くないですよ」


 セシルもようやく王都の広い街を覚えてきた。道順を説明すると、女は頼りない顔つきで、


「あの……知らない街に一人で、なんだか心細くて。宿まで案内していただけませんか?」


 一瞬、セシルの帰りが遅いと機嫌が悪くなるラクロの顔が思い浮かぶが、


「……いいですよ」


 知らない街に一人じゃ心細いだろう。


「こっちです」


 セシルは女と並んで歩き出す。


 女からはふわりと柑橘系の香りがした。

 香水。ある程度裕福な家の出身なのだろう。


 あまり王都では見ないタイプの女性だが……最近街にやってきたのだろうか?


「あの……旅行者の方ですか?」


 気づまりな沈黙に耐えかねて、セシルが口を開く。


「はい。デモの参加者たちと一緒に……」


「……ああ。デモね……」


 ……デモの参加者か。セシルは複雑な気持ちになる。


「どうしても会いたい人がいて……」


 昼間の様子を思い出し、「……王様とか?」と言う。


「……いいえ」


 目的の宿はもうすぐだった。通りを曲がり、人通りの少ない道に入ったところで、


「っ……!」


 きらり、と光るものを喉元に突きつけられた。


「……何のつもり?」


「……あなたにお願いがあるの」


 セシルは短剣を持った女の顔をにらみ、ずばやく一歩下がって手刀で強く女の手を打った。


「あっ……!」


 カラン、と短剣が石畳に落ちる。


 二週間ほど続けているテレジオとの特訓で、セシルにもそれなりの身のこなしがついていた。


「人にものを頼むなら、それなりの態度ってものがあるでしょ」


「っ……!」


 女の顔が悔しそうに歪む。

 セシルはナイフを拾い上げ、


「……で、こんなことをして何のつもり? 君はだれに会いにきたの?」


 聞いても、会わせることはできないけれど……。

 セシルも騎士の端くれだ。狼藉者を放っておくわけにはいかない。


「……ダリアンに、会いたいの」


「ダリアン? ……って、団長のこと?」


「ええ。……私の名前は、エレオノール・カルネウス。ダリアン・カルネウスの婚約者よ」

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