第34話「婚約者」

「団長の……婚約者?」


「ええ。……私、どうしてもあの人に会いたいの。そして、家に連れて帰りたいのよ」


「それは……無理だと思うけど……」


 戦争がはじまるのだ。ダリアンのような優秀な兵士は重宝されるだろう。


「だって……だって……、戦争がはじまるのに……あの人、死んでしまうかもしれないじゃない!」


「え……ちょ、ちょっと」


 突然、エレオノールが泣き出した。

 いい大人が、夜の街にわんわんと泣き声を響かせる。


「会わせてよ! 会わせて! あの人に……! あなた、騎士団の人でしょ!? ダリアンに会わせてくれないと、あなたが女だってことバラすわよ!」


「ちょ、ちょっと!? 落ち着いて……!」


 ……どうやら、女湯から出てくるところを見られていたらしい。


 エレオノールは叫び続ける。


「バラして、それで……あることないこと言いふらしてやるんだからっ! も、元娼婦だとか、団員とデキているんだとか、い、いろいろ言ってやるんだから!」


「や、やめてよ!?」


「じゃああの人に会わせてっ!」


 ……なんなんだ、この人!?


「……ああもう!」


 セシルは悪態をついて、


「わかったよ! わかった! ……団長に会わせるから、叫ぶのはやめて!」


***


「私とダリアンはいとこ同士で、親が決めた許嫁同士なの」


 宿に戻ってきたエレオノールは、だいぶ落ち着いた様子だった。


「でも、私は親同士の約束なんて関係なく、心から彼を愛していました。将来、彼と結婚するのだと思うと本当にうれしかった……」


「はあ……」


 うっとりと夢見るような表情のエレオノールを前に、セシルは相槌を打つ。


 泣き叫ぶエレオノールをひとりで帰すのは(いろいろな意味で)心配で、セシルは宿までついてきてしまったのだった。


(そういえば、団長ってカルネウス侯爵家の長男なんだっけ……。愛だとか恋だとか、僕にはよくわかんないけど……)


「それなのに、ある日突然、ダリアンは家を出ていってしまったんです。……王国騎士になると言って。私は幼いころから彼のことを知っていました。だから、優雅な貴族の生活が彼の性に合わないことはわかっていた……。だけど、わざわざ王国騎士になることはないと思いませんか? 王国騎士は王の直属の騎士。戦争がはじまったら、真っ先に戦場にいかなければならないのに……」


「それは、まあ……」


(僕だって、職に困ってなかったら騎士になんてなりたくなかったもんなあ……)


「私は何度も手紙を送りました。騎士などやめて家に帰ってくるように……。けれど彼が応じてくれることはなかった……。気がついたら騎士団長になんかなっていて、そしてついに戦争が……」


 エレオノールは目に涙をためて、一枚の紙を見せて寄越した。


「見てください! これ! これが彼が最後に送ってきた手紙なんですよ!?」


 手紙には「嫁にいき遅れる前に、ちゃんとだれかと結婚してくれ」と乱雑な文字。


「ひどいと思いません!? だれかってだれ!? 私はあなた以外と結婚なんてしたくないのに……!」


「お、落ち着いて……」


 また叫びだしそうなエレオノールをなだめ、


「ええと……それで、あなたは団長を実家に連れ戻しにきたの? カルネウス侯爵領地から、ひとりで?」


「……ええ。デモ隊の方々に紛れて」


「そうなんだ……」


 なかなか行動力のあるお嬢様だ。


「でも、団長を連れ戻すのはなかなか難しいんじゃないかな……。戦争がはじまる……のかもしれないし……」


「……それはわかっているんです。でも、だからこそ早く彼を連れ戻したいの……。だから、あなたを人質にして、言うことを聞かせようと思って……」


「…………」


(め、めちゃくちゃな人だな……)


「……というか、なんで僕を?」


「あなたが一番弱そうだったから」


「…………」


「ダリアンは仲間思いだから、部下を見捨てたりしないと思うの。だから……昼間のデモのときから目をつけていたんです。あなたなら、私ひとりでもなんとかなるんじゃないかって……女の子だってことも、偶然ですがわかりましたし」


「それは……失敗して残念だったね!」


 セシルは皮肉たっぷりに言う。


「……ごめんなさい」


 エレオノールは気落ちした様子で頭を下げた。


「めちゃくちゃなことを言っているのは自分でもわかってるんです。でも、どうしてもダリアンを止めたくて……」


「…………」


 その気持ちは、まあ……わからなくもない。


 ――だって、僕だってラクロのことを……。


「……団長、忙しそうだし、捕まるかわからないけど。……でも、明日聞いてみるよ。少しあなたと話す時間がとれないかって」


「……本当に?」


「うん。だから……変なこと言いふらすのはやめてよね。……それと、僕の性別のことも」


「……わかりました! あなたのことは、だれにも言いません。お約束します」


 エレオノールが笑う。


「ありがとう、女騎士さん」

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