第5章「騎士の仕事」
第30話「不穏な影」
アメリア王女護送の任から王都エンデスに帰着した、翌日。
メランデル宮殿、謁見の間。
玉座に悠然と腰かけるヴィクトル王の前で、アルファルド王国騎士団長ダリアンと、アメリア王女親衛隊長スコットが跪いて頭を垂れていた。
「セシルとラクロ。この二人が謎の人物を目撃した二人です」
ダリアンに促され、セシルとラクロは一歩前に進み出る。
王の隣には、マジスタ専用の白いローブに身を包んだシルヴィアが佇んでいた。セシルをちらりと一瞥し、すぐにつまらなそうに目を逸らす。
王に名を呼ばれ、セシルは口を開いた。
「僕がその人物を見たのは、王女様と一緒にトロールを撃退したあとでした。ローブを目深にかぶっていたため、顔は見えませんでした。少し離れた木々の隙間から僕らを見て……ニヤニヤと笑っていて、気がついたら、姿を消していました」
まるで見る者を絡めとるかのような、粘着質なあの笑い……今思い出しても鳥肌が立つ。
ふむ、とうなずいて、王は次にラクロの名を呼んだ。
「俺はセシルほどはっきりとは見ていません。隊とはぐれる前、トロールたちと乱戦になっているときに、木の向こうに人影があったような気がした。それだけです。そのときは気のせいだろうと思いましたが、そのあとも何者かに見られているかのような気配は消えず……」
ラクロはそこで一呼吸おき、もう一度口を開いた。
「俺は、その人物がトロールたちをけしかけたのではないかと思っています」
「どうやってだね」
ヴィクトル王が問う。
「わかりません。……しかし、やつはイルナディオスの人間ではないかと」
王の眉がわずかに動く。ダリアンとスコットが、怪訝な顔でラクロを見た。豊かな桃色ブロンドの髪を指でくるくると弄んでいたシルヴィアが、興味を引かれたように目を上げた。
「……根拠は」
「ルンベックにいた頃、俺は商人たちからとある噂話を聞きました。半年ほど前、道に迷った商人が、旧シュティリケ国にたどり着いてしまったという話です。国土の小さいシュティリケは、国を城壁で取り囲んでいました。現在、シュティリケの国土はイルナディオス、そしてイルナディオスと同盟関係を結んでいるスラージュによって占領されています。
今から半年ほど前、道に迷った商人がシュティリケの城壁にたどり着きました。彼は染料された国璧の中から、トロールの叫び声を聞いたそうです。
シュティリケの城壁からなになにの音が、という話は、難民の多いルンベックの街には腐るほど溢れています。俺も最初は、そんな噂の一つと気にしていませんでした。しかし、その噂を聞いた数ヶ月後、領の周りでアウルベアが人を襲うという事件が起きました。なんの前触れもなく、今までおとなしくしていたアンシーリーが、突然襲ってくるようになったのです。
ルンベックを出る直前、俺はハーシェル私兵隊のアウルベア討伐に参加しました。そのとき、知能の低いアウルベアが私兵隊の人間を罠に嵌めていたのを見ました。……疑念はさらに深まりました。イルナディオス、もしくはスラージュは、アンシーリーを操る方法を見つけたのではないか、と」
部屋はしんと静まり返っていた。
「今回、トロールに俺たちを襲わせたのは、王女に危害を加えることが目的ではなく、アンシーリーを操る術を試すことだった……とは、考えられないでしょうか」
「……ありえない話じゃないわね」
言ったのはシルヴィアだ。
「その噂話だけじゃ、根拠は薄弱だと思うけど……。でも……」
整えられた眉を寄せて、思案顔で黙り込む。
「シルヴィア。なにか心当たりがあるのか?」
「……はい。しかし、確信がない以上、あたしの口からはまだ何も言えませんわ。……少し、調べものをさせていただきます」
赤いハイヒールで床を踏み鳴らし、出口の方へと歩き去る。
魔術師のつぶやきがセシルの耳をかすめた。
「でも、もしもそれが現実に起こっているのだとしたら……」
シルヴィア・ベルティ。広いアルファルドの国でもっとも魔術に精通した魔術師。
彼女の表情は、ひどく強張っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます