第30話
あれから、三日後。白羽知襲は、結局一度も目を覚ます事無く、一生を終えた。その顔は、最期の最後で、とても美しく笑っているように見えたと、奉理は聞いている。
臨終の場に、奉理は立ち会う事ができなかった。生贄として潔斎をする必要があり、死の床に近寄る事を禁止されたためだ。
化け物達を生み出す根源であるアダムは、死んだ。その死骸は国に引き渡され、現在研究が大急ぎで進められている。化け物達を根絶する薬や武器が開発される日は、そう遠くは無いだろう。何せ、高校生の堂上明瑠が、独りでアダム細胞破壊毒を精製できてしまったぐらいなのだから。
しかし、だからと言って急に化け物がいなくなるわけではない。薬や武器が開発されるまでの間は、被害を最小限に抑える事ができるよう、今までのように生贄を差し出す必要があると、政府は判断した。
次の生贄の儀まで、時間はあまり無い。新しく生贄を決める事はせず、鎮開学園は予定通り、奉理を生贄として差し出す事とした。
その儀式が、もうすぐ執り行われる。その時に備えて、奉理は飾り立てられている。繊細かつ華やかな装飾品をふんだんに身に着けられているが、派手さは微塵も感じられない。艶やかで光沢のある白の着物は、死出の路を歩む為の旅装束か。流石に、男の自分では花嫁衣装という感想は抱けない。
泣き崩れる家族を宥め、別れを告げて。奉理は、湖の畔に結ばれた庵に籠った。
不思議な偶然だな、と思う。鎮開学園に入学して最初に見た、堂上明瑠の生贄の儀。あれも、このような湖の畔で執り行われていたように思う。そして、堂上明瑠が作り上げた毒薬を使い、化け物退治をした奉理も今また、湖の湖畔で生贄の儀に臨もうとしている。
「偶然なんかじゃないと思うぞ。これは、今までの流れをぶち壊した、堂上さんとお前への学園からの意趣返しだよ。……多分な」
奉理の心を読んだように、傍らに立っていた小野寺が憮然とした顔で言った。更にその横には、静海も納得いかないという顔で立っている。二人とも着物を纏い、奉理ほどではないがそれなりに飾り付けられている。介添人として、二人が立候補してくれたのだ。
「二人とも、よく俺の介添人を引き受ける気になったよね。絶対、他の人の介添人以上に目を付けられやすくなるのに。特に、小野寺。生き延びるために、絶対に介添人はやらないって言ってなかったっけ?」
「……まぁ、な。俺にも、色々と心境の変化があったんだよ」
「……そっか」
そして、全員が無言になる。誰も喋らない空気が、重い。
やがて、空気に耐えられなくなったのか。それとも、生贄の気持ちを軽くする事、という介添人の役目を思い出したのか。静海が口を開いた。
「柳沼はさ……これで良かったの?」
「? 何が?」
首を傾げて奉理が問うと、静海は「だって、そうでしょ」と鼻息を荒くした。
「怖い目に遭って、痛い目にも遭って。そんな目に遭いながら、化け物を二体も倒したのよ? それなのに、こんなにあっさり……柳沼は本当に、納得してるの?」
「してないよ?」
けろりとした顔で、あっさりと。奉理は言い放った。あまりのあっさりさに、静海と小野寺はぽかんとしている。その顔に、奉理は苦笑した。
「誰だって、生贄に選ばれたら納得なんかしないよ。何でこんな目に遭わなきゃいけないんだって思う。俺だって、死にたくなんかないよ? 家に帰りたい」
「じゃあ、何で……!」
いきり立つ静海を、奉理は笑顔と片手で制した。
「帰りたい、けどさ。俺……帰る権利を、自分で放棄しちゃったんだよね」
「……どういう、事だよ?」
「どういう事って……」
説明に困りながら、奉理は胸元に手を遣った。一週間前までは、ピンクの紐が通された鍵がぶら下がっていた。今は、何も無い。
「あの時……あの鍵でアダムを刺して、手放した時。俺は家に帰る権利を失っちゃったんだよ。家に帰るためのお守りだったんだから。帰りたかったら、何が何でも手放しちゃいけなかったんだよね、きっと……」
何の事かわからなかったのだろう。小野寺と静海は、困惑した顔を見合わせた。
「柳沼くん、そろそろ時間ですよ。準備をしてください」
庵の外から、声がかけられる。返事をして、奉理は庵の外に出た。何か言いたげな小野寺と静海の方を振り向いたりはしない。振り向けばきっと、覚悟が揺らいでしまうから。
目の前には、この辺りに水害をもたらした、この湖の主とやらの元へ続く階段が築かれている。もう、後戻りはできない。
自分は、堂上明瑠のように、誇らしげな顔で儀式に臨む事ができるだろうか。彼女のように、この儀式を見ている人達に、何かを感じさせる事ができるだろうか。
そして、少しだけ微笑んで。
奉理は、階に足をかけた。
(了)
贄ノ学ビ舎 宗谷 圭 @shao_souya
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