第16話

「……走馬灯って、本当に見えるものなんだ……」

 燃え盛る庵から何とか抜け出し、奉理はため息をつきながらその場に倒れ込んだ。炎の熱でじりじりと熱いが、落命の危険が無い以上、もうこれ以上動く気力は無い。

 とりあえず、まずは生き延びる事ができたな、と息を吐く。そして、ごろりと転がり、仰向けになった。庵から脱出するために炎の海へダイブした瞬間に脳裏を過ぎった記憶に、思考を巡らせる。

 あの日……知襲に出会って、手に入れた毒薬は、確かに化け物を……この山の主を倒す事ができた。それは、本当に助かったし、すごいと思う。しかし。

 あの時は……いや、つい先ほどまでは、不安やら恐怖やら何やらで頭がいっぱいになっていたせいか思い至らなかったが。何故こんな物が存在するのだろう。

 何故、化け物を倒す事ができるような毒薬が存在する? こんな物があるのであれば、何故今まで使わなかった? 何故、知襲はこれの存在を知っていた? 知襲は、何故あんな場所を知っている? 家のような物だと言っていたが、どういう事だ? そもそも、白羽知襲という少女は、結局何者なのか?

 そして、毒薬の瓶が仕舞ってあった棚で見付けた、生徒手帳。そこに記されていた、堂上明瑠の名。

 何故、あそこに彼女の生徒手帳があった? 彼女は、生贄に選ばれて命を落とした、不運な少女。その認識は、間違っているのか?

 考えたところで、答を得るためのヒントは手元に無く、埒が明かない。奉理は考える事をやめ、ほーっとため息を吐いた。

「柳沼っ!」

 外で控えていた静海が、駆け寄ってくる。介添人の衣装を纏ったその姿に、現在己が女装していた事を思い出した。緊張が解けた今となっては、それがとても恥ずかしく感じる。

「大丈夫!?」

「何とかね……」

 駆け寄ってきた静海に抱き起され、奉理は苦笑しながら頷いた。改めて問われると、全身バキバキでどこかを動かすだけでも痛い。あれだけ何度も壁に打ち付けられたのだから、当たり前か。

 とりあえず命に別状は無いらしい事を確認し、静海はホッと息を吐く。そして、まだ恐怖を除き切る事ができない様子で、激しく燃える庵を見た。

「本当に……倒せたの?」

「うん、あんなんになったら、流石にもう生き延びる事はできないと思う」

 奉理の言う「あんなん」というのがどのような状態なのかがわからず、静海は曖昧に頷いた。そして、まじまじと奉理の顔を眺める。

「? 何?」

 怪訝な顔をする奉理に、静海は「ううん」と首を振る。

「私……柳沼の事、ちょっと誤解してたかも」

「誤解?」

「うん。……柳沼は、大人しくてお人好しで、頼まれたら断れない性格なんだって思ってた。それに……多分、荒事とか苦手で、ケンカとかできないんだろうな、って」

 間違いではない。むしろ、そんな性格だからこそ、鎮開学園への強制推薦が決まったのだと思う。この学園にいる生徒は、多くがそのような性格だ。

「だからさ、今回の介添人も……立候補したって聞いてはいるけど、本当は先生に言われて、断りきれなくて引き受けたんだろうなって思ってたのよ。寮に戻るのが遅くなった罰則だとか、そういうのは私に気を使わせないための方便だろうって」

「……」

「けど、違った。柳沼は本当に、自分から立候補してくれたのよね。じゃなきゃ、あんな提案、できるわけがないもの。ううん、それだけじゃない。その剣を私に持たせれば済む話なのに、衣装を交換して、自分が危険な目に遭ってまで、あの化け物を倒して、私を助けようとしてくれて……」

 本当に誤解していたと、静海は言う。

「柳沼ってさ……人の為に自分から動ける、勇気のある奴だったのね。……ありがとう、本当に……!」

 言うなり、静海は奉理に抱きついた。

「! ちょっ……静海!?」

 顔を真っ赤にし、奉理はしどろもどろになりながらクラスメイトの名を呼ぶ。だが、静海は離れようとしない。炎が燃える音に混ざって、微かにしゃくり上げる声が聞こえた。

「あ……」

 泣いている。あの林の中で、己の無力を嘆いていた奉理のように。静海は、奉理に抱きつき、奉理の着物を掴んだまま、泣いていた。

「……っく。……怖かった……」

「……うん」

 しゃくり上げる静海の背中に腕を回し、さすってやりながら、奉理は頷いた。

「本当に、死ぬんだって……家族にはもう二度と会えないんだって……思った……」

「……うん」

「最初……だ、誰も……介添人に立候補した人はいないって、聞いて……寂し、かったし、不安で……自分の事、嫌いになりそうだっ、た……」

「……うん」

「や……やぎぬ、柳沼がっ……介添人に立候補、してくれたって……聞いた時、すごく……すごく、嬉しかった……!」

「…………うん」

「ありがと……私の事、見捨てないで、くれて……。ありがとう……柳沼、ありがとう……ありがと……っ!」

「……うん……うん……」

 泣きじゃくる静海の背を、奉理は頷きながら、撫で続ける。全身の痛みも。女装している事や、女子に抱きつかれている事の恥ずかしさも。今はそれほど、気にならない。

 もう少ししたら、きっとこの火事に気付いた誰かが、様子を見に山を登ってくるだろう。願わくば、彼らに静海の泣き顔を見られたりしないように。

 ぼんやりとそう、考えながら。奉理は、静海の背を撫で続けた。

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