第9話
時が経ち、昼休憩の時間に入る頃。その頃には、竜姫静海が生贄に選ばれた理由は噂として生徒達に知られる事となっていた。
「静海の家、病弱な弟がいるんだってさ。通院費やら薬代やらで、月々にかかる出費は結構な額らしい。静海が強制推薦枠に選ばれたのも、それが一因っぽいな。学費、生活費が無料の鎮開学園に入学する事で、実際、静海の両親の負担は減ったんだろうし」
「待ってよ。それじゃあ、静海が生贄に選ばれる理由には……」
向かい合わせにした机に広げた、購買部のパン。その中の卵サンドイッチを手に取り、「うーん……」と唸ってから小野寺はそれを口に運んだ。
「生贄に選ばれた奴の遺された家族には、国から結構な額の見舞金が出るって話はあるらしいけどな」
咀嚼しながら喋る小野寺に、奉理は納得がいかないと言うように首を振った。横で食べていた他の者も、首を傾げている。
「竜姫さんと同じような理由で入学した人だって、まだ他にもいるはずでしょう? それこそ、小野寺君が言っていた、生贄に選ばれやすい二年生や三年生にだって。なのに、何で今回、竜姫さんが選ばれたのか……」
「そうだなぁ……」
そう言って、小野寺はサンドイッチ最後のひとかけらを口に放り込んだ。
「あるとしたら、やっぱあの話……かもしれねぇなぁ……」
「あの話?」
顔を見合わせる者達に、小野寺は頷いた。咀嚼していたサンドイッチを、飲み下す。
「二週間くらい前かな。夜の誰もいない職員室で、緊急用の電話を静海が使っているトコを、目撃した奴がいるんだよ。そいつ自身は、次の日に提出しなきゃいけねぇ宿題のノートを忘れちまったもんだから、それを取りに行ったらしい」
宿直室の用務員に鍵を貸してもらい、夜の教室へ足早に向かい、ノートを確保して足早に教室を後にして。鍵を返すために宿直室へ行く途中、職員室から話し声が聞こえてくるのに気付いたのだと言う。
「時間は、夜の九時。そんな時間に、灯りも点けずに職員室で話をしている奴がいる。そいつは、怖いながらも気になって……職員室を覗いたんだ。そこには、月明かりの中、電話をかける静海がいたんだって話」
「夜の校舎に忍び込んで、勝手に電話を使ったって事? なんで……」
あんパンの袋をバリッと開けて。「推測だけどな」と言いながら小野寺はそれを頬張った。
「家に電話をかけたんじゃねぇの? 家族の事が気になってさ。家族が大切で、しかもその中に病弱な奴がいれば、尚更気になるだろ。静海、人を大切にするタイプっぽいし」
「じゃあ、それが原因で……?」
「多分な」
紙パックのコーヒー牛乳に手を伸ばしながら、小野寺は頷いた。
「実際、入学したばっかの奴には多いらしいぜ。家族と連絡を取りたがる奴。けど、学園の生徒は、外部と連絡を取るのはご法度だろ? 夜の校舎に忍び込んで、そのルールを破って。それがバレたとすりゃあ、それは充分、生贄に選ばれる理由になるんだろうな」
「そんな……!」
机を囲んでいたほとんどの者が、ショックで顔を歪める。見れば、先ほどから全く食が進んでいない者もいるようだ。
「何か……何か無いのか?」
「そうですよ。竜姫さんが助かる方法! 何か……」
「無ぇよ」
ごみをまとめながら、小野寺はどこか冷たく言った。目が、いつものように笑っていない。
「ここがどこなのか、忘れたのか? 生贄を養成する学校、鎮開学園だぞ。選ばれたら、それが最後。助かる可能性なんかありゃしねぇ。その証拠に、これまで生贄に選ばれて、生き残った奴が一人でもいるか? いねぇだろ。化け物を倒してお姫様を助けてくれる、王子様も変身ヒーローも、一度だって現れたためしが無ぇんだからな」
「……それも、お姉さんから聞いた話?」
奉理の問いに、小野寺は「まぁな」と呟いた。
「俺が鎮開学園に入学するって決まった時、言われたんだよ。確かに、上手く立ち回れば生贄にされる可能性はぐっと低くなる。けど、選ばれる時には選ばれる。選ばれたら、それは決して助からない。だから、不安がる必要は無いけど、自分が選ばれた時の覚悟だけはしておけって。……勿論、友達が生贄に選ばれた時の覚悟もな」
そして、まとめて丸めたごみを、ゴミ箱に向かってシュートする。ごみは壁にぶつかってからゴミ箱へと落ちた。
「静海のために何かやってやりてぇって思うならさ、介添人に立候補してやれよ。これも、姉ちゃんから聞いた話。学校側に選ばれた介添人よりも、自ら希望して介添人になった奴に付き添われた方が、生贄は心安らかに逝けるらしいぜ。……まぁ、介添人なんてやったら嫌でも印象に残るから、後から生贄に選ばれ易くなるらしいけどな。実際、姉ちゃんの知ってる奴だけでも、介添人やって生き残った奴はほとんどいないって話だし」
その言葉に反応する者は無い。皆、改めて自分達が置かれた立場を思い知らされ、言葉も、考える余裕も無くなってしまっている。
奉理もそうだ。手にした焼きそばパンは、まだ半分も減っていない。なのに、それ以上はどうしても、喉を通る気がしなかった。
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