第2話
今から、三十年ほど前の事。突然、それらは現れた。化け物……そう呼ぶに相応しい形相であったのは、今と変わらないらしい。
太陽光を遮る巨大な怪鳥、飛沫と共に現れる龍。姿を見せる事無く、木霊でのみ不吉な予言や用件を告げる山神。
それらは二十一世紀の日本において、昔となんら変わらぬ事をした。即ち、田畑を干上がらせ、川を氾濫させ、凶暴な獣を山に溢れさせたのだ。
人々は節水を余儀なくされ、水害に悩み、食料は尽く値上がりし、人員の減った猟友会では対応しきれず獣は街中へと現れた。
自衛隊や他国の軍が化け物達を討ち果たそうと出動し、最新の科学を駆使しても、相手が普段どこにいるのかわからない。結局、攻撃をせぬうちから反撃を喰らい、無駄に死傷者を増やしただけに終わった。それどころか、軍の出動に化け物達が怒り狂い、災害は増える始末。
このままでは、日本は滅ぶ。多くの人が恐怖し、頭を抱えるようになったその頃。誰かが言い出したのだ。
「奴らが昔ながらの災厄をもたらすのであれば、こちらも昔ながらの方法で鎮めれば良い」
その昔ながらの鎮め方というのが、生贄を差し出す、という物だった。当然多くの者は反対したのだ。
人権問題だ、時代錯誤だ、そんな事で災害が収まるものか。そんな言葉が、テレビのニュースで、新聞で、ワイドショーの街頭インタビューで。怒涛のごとく噴き出した。
だが。
「ならば、他の解決策を考えてくれ」
こう言われると、彼らは皆一様に黙ってしまったという。
後押しするようにネット上では生贄支持の声が高まった。現に化け物が現れているのだから、案外生贄を出すというのは妙案なのかもしれない。時代錯誤と言うのであれば、あの化け物どもをさくっと退治して、日本を現代に戻してくれよ。ネット世界での生贄支持派は日に日に増えていき、遂にはテレビの世論調査でも支持が七十パーセントを超えた。顔や名前が出なければ、人々は正直だったのだ。
そして、その日は来た。来てしまった。世論を抑えきれなくなった政府は、遂にある災害に対し、実験的に生贄を差し出す事を決定。過去の文献と知名度の高い占い師たちの意見を参考に、最も生贄に適していると思われる者が国民の中から選ばれ、そして生贄として捧げられた。
この時点で既にかなりの問題がある。だが、更なる問題はこの後だった。幸か不幸か……生贄は効を奏してしまったのだ。生贄を捧げられた災厄は収まり、その地に住む人々には平穏な時が戻ってきた。
こうなると収まらないのは、未だに災害に悩まされ続けている地域の人々である。彼らは、自分達の災厄にも生贄を捧げるよう、政府に要求。命と生活がかかった要求を拒めば暴動が起きかねず、政府はやむなく、その要求に従った。
そしてあとは、転がり落ちるように……。
しかし、いくら生贄を捧げ続けても、国内の災厄は減らなかった。あっちで収まれば、こっちで新たに発生する。一度は収まった災厄も、時が経てば再び人々を苦しめ、新たな生贄を必要とした。
だが、その都度生贄を選定していたのでは、時間がかかり過ぎる。それに、生贄が必要となる度に全国民が候補となるので、人々の心はどんどんささくれていった。
その問題を解決するために創設されたのが、生贄を育て上げる学校……鎮開学園だ。
この学園で教育を受けた子ども、若者達は、有事の際には真っ先に生贄の候補となる。勿論、自ら入学を希望する者など滅多にいない。籍を置く生徒は、全国各自治体が責任を持って選び出し、選ばれた者に入学の拒否権は無い。
逆に言えば、初等部、中等部、高等部に大学部。それらへの進学時期に選ばれなければ、その後生贄に選ばれる可能性は限りなく低くなるという事だ。
鎮開学園というシステムの出現により、人々の心はようやく落ち着きを見せる。そして、それからというもの、このシステムは次の世代、その次の世代へと、脈々と受け継がれていった。
誰一人、止める者がいないままに。
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