アイノハテ

雑炊

その1

 私の恋人は私と同じ女だ。

彼女と出会わなければ、きっと普通の人と同じように男の人を好きになり男の人と

結婚をしていたことだろう。

しかしそうはならなかった。

 彼女との出会いは高校の入学式だったらしい。

らしいと言うのも、1年生の時は彼女とはクラスは別だったし、彼女が一方的に

私のことを知っていたということだった。

当の私は、人の顔と名前を覚えるのがあまり得意でなくクラスの人を覚えるので

いっぱいいっぱいの有様だった。

 彼女が最初に私に接触してきたのは、高校2年生に進級してきた頃合いだった。

クラスが一緒になった好機を狙って接触してきたのだろう。

なんとも運任せな人だと思う。

たとえクラスが同じにならなくとも別の方法で接触してきたのだろうとは思うが。

そんな訳で彼女と出会った訳だ。

出会ってしまったというべきだろうか。

初めましての感想としては綺麗な人だと思っていた。

決してお世辞などでは無く顔立ちの整ったどちらかと言えば美人寄りで短めの黒髪がよく似合っていた。

現に彼女は学校でも評判はよく特に男子生徒からの人気は高かった。

女子からも一定の人気はあったが、彼女程の男子人気があると陰口のやり玉に挙げられる宿命なのだろう。

あの子は性格が悪いだとか良く言えば女子らしい小さいものから、果てにはおっさん相手の援交だとかいわれも無い噂をよく耳に挟んだものだ。

彼女が言うには何人かがわかっていてくれればそれで良いらしい。

クールな彼女はそんな噂など意にも介さず、まともに取り合うことも無かったが結局そんな噂は3年間絶えることは無かった。

そんな彼女と仲を深めるのに時間はかからなかった。

趣味や好きなこと、彼女と共通していることが多かったのもあるだろうが

自分の生来の受け身な性格と彼女の積極的な性格がはまったのが大きかったのだろう。

もっとも彼女が私にあわせて趣味など出来ることはあらかじめ調べていたらしいと言うことはもっと後から知ることになった。

そして当時の私がもっぱら力を入れて取り組んでいたのは弓道だった。

 弓道は小学生の時から取り組んでいて、自分で言うことではないが私の世代ではなかなか上位に食い込むくらいの腕前はあったと自負している。

そこに彼女は目を付けたのだろう。

私は家の近くにある弓道場に通っていて学校での部活には参加していなかったから知るところではなかったが、彼女は部活によって弓道の腕を磨いていたらしい。

才能があったのだろう。

彼女が大会に入賞するのには時間は必要なかったらしい。

大会での成績は部活に所属していない私の所にも届くほどだ。

そんなこんなで弓道が一番の接点になっていたんだと思う。

弓道歴の長い私にアドバイスを求めるという体で2人で話すことも多くなっていっていた。

「あなたはなぜ部活にはいらなかったの?今からでも間に合うんじゃない?」

気になっていたことなのだろう。私が弓道部に入っていれば一緒に部活に励んだり、下校など多くの時間を過ごすことが出来たのにと。

「なんとなく、じゃダメかな?」

へらへらと答える。

「折角の腕前がもったいない。」

別段特別な理由があって入らなかった訳じゃない。

ただ道場に行けば出来ることを、部活に入ってまでやる必要をあまり感じなかったのだ。それに、今更部活に入ると言うのもあまり気の進むことではなかった。

もう既に1年経って部活内での人間関係もほぼ完成されているであろう場所に、

後から入る新参者には少々居心地の悪い空間であることは間違いなかった。

 進級して迎えたゴールデンウィークも中盤にさしかかった頃、彼女から遊びに誘われた。

「もしあなたが良ければ何だけれども、一緒に水族館なんてどうかしら。」

当時帰宅部で友達も少ない私は折角の連休を無為に過ごすのももったいないと考え快諾した。

「いい天気ね。」

空を見上げ目を細めながら彼女が言う。

その日は晴れて天気もよく絶好のお出かけ日和だったと記憶している。

 私は水族館が好きだった。彼女がそれを見越した上で誘ってきたのかは分からないが、子供の頃から良く両親に連れて来てもらったものだ。

群れになって泳ぐイワシの大群や悠々と舞うように泳ぐ大きなエイ、ふれあい

コーナーで触ったヒトデの感触は今になっても思い出すことが出来る。

最近の水族館はクラゲの展示に力が入っているように感じる。

ゆらゆらと水中を舞うクラゲが色とりどりの照明に照らされてまるで宝石のように綺麗だ。

「水族館、そんなに好きなのね。」

そんな彼女に素直にうんと答える。

通路に移る水からの光の反射がキラキラと輝いていてその回りを泳ぐ魚たち。

子供の頃はまるで竜宮城の乙姫さまになったような気分だった、と言ったようなことを彼女に語っていた気がする。

そんな私の話しを彼女はただ微笑んで聞いていてくれた。

精神的に成熟している彼女からすれば子供っぽいと思われたかもしれない。

でもそんなことでも彼女との距離が一歩近づいた気がして嬉しかった。

一通り自分の話しをした所で彼女の話しを聞こうとした所でイルカのショーが始まると言うことではぐらかされてしまった。

そこまで気にすることも無かったので、何も考えずにイルカを見に行くことにした。

あまり濡れたくはなかったので遠めの席に腰をかけて見ていた。

彼女はイルカが好きらしい。

理由を尋ねてもあまり多くを話してはくれなかったけども、人の言うことを従順に

こなす姿が好きらしい。

その時の私は変わった見方をするものだと思った。

イルカを見る人は大抵イルカそのものをさして可愛いというと思っていたからだ。

イルカショーも終わりを迎え一通り見て回った私たちは水族館のお土産コーナーを

見ていた。

そこで彼女がキーホルダーを手にしていた。

彼女がどんなものに気を惹かれるのか興味があったので見てみると、その手の中には

カップルがつけるようなペアのキーホルダーが握られていた。

誰か意中の相手がいるのかそれとももう既に恋人がいるのかと思ったら、彼女は私の方に向き直りそれを差し出して来た。

「一緒につけましょう?」

彼女の好きな可愛らしいイルカのストラップ。

思っても無かった一言に少々フリーズしてしまった。

私自身にそういった経験はなかったが、何も恋人同士だけでなく女友達で一緒に

つけると言うのも目にしたことがあったので特におかしいことではないのかな。

そんなことを考えているうちに彼女は既に会計を済ませて来てしまっていた。

「はいこれ、あなたの分よ。」

私のもとに戻って来た彼女は私にその片割れを差し出す。

彼女は青色のイルカを。私にはピンク色のイルカを手にした。

二つ合わせると二頭のイルカが向かい合わせに合わさってハートを形を成すと言ったものらしい。

彼女のことを深く理解しているとは言い難かったが何となく意外だった。

私はお財布に、彼女は鞄にストラップをつけることにした。

彼女の満足そうな顔を見ていると、何となく私まで嬉しい気持ちにった。

水族館を出る頃には日も暮れかかっていた。

 帰路の途中で話しをしようという彼女の提案で公園に入ることになった。

公園のベンチに腰をかけとりとめの無い話しをした。

その中で彼女が切り出してきた。

「ゴールデンウィークが明けたら部活、入らない?」

彼女のいつになく熱の入った口ぶりに戸惑いを隠せなかった。

「あなたは以前言ってたわよね?何となく部活に入ってないって。部活に入る理由も無いなら入らない理由も無いんじゃないかしら。」

実際その通りだった。

入る理由も無ければ入らない理由も無い。

なぜ彼女がここまで熱心に私を勧誘するのか私には検討もつかないことだった。

彼女の本心は誰にもわかる所ではない。

私は私の考えを述べる。

しかし心の中では高校で唯一の友達と言ってもいい彼女の訴えでだいぶ揺らいでいたのもまた事実だった。

「どうしても嫌?」

彼女の熱い視線。

もはや断ることは出来なかった。

「わかったよ。部活入ればいいんでしょ。」

彼女の顔が無邪気に晴れていく様が見て取れた。

その笑顔に胸を締め付けられるのを感じていた。


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