再会
達夫は言った。
「失礼します」
「はい」
答える声。診察室に入ると、医師は難しい表情をしていた。達夫は椅子に座ると言った。
「弟の…病状は…」
医師は苦々しい顔をして言った。
「私は長年この仕事をしているがね、こういうことを言うのは毎回苦しいよ」
医師は眉根を寄せたまま言った。
「はっきり言って、生きているのが不思議なくらいだ。それくらい心臓の状態は悪いんだよ。できるなら今すぐにでも海外に飛んで、移植手術を受けるべきだ」
達夫は苦しそうな顔で言った。
「それはわかっています…でもお金が…」
医師は難しそうな顔をして額に指を当てて言った。
「そうだな…君の家庭の状況だと厳しいな…最低ラインの5000万円でも用意できそうにない。せめてお父様が協力的だと良かったんだが…」
達夫はすがるような目付きで言った。
「ドナーは…国内にはいないんですか?」
医師は難しい顔を崩さずに言った。
「いたらとっくに紹介しているよ。正直ドナー待ちで亡くなる患者さんはものすごく多いんだ。日本国内でドナーが見つかって、移植手術を受けられる心臓病患者はとても少ないんだ。残念なことにね…」
達夫は苦しそうな表情をして言った。
「そう…ですよね…」
医師は言った。
「もちろん、国内でドナーが見つかる可能性もまだ捨て切れない。諦めないことだ。まだ弟くんは時々発作があるものの、奇跡的に安定しているのだからね」
達夫は言った。
「はい…」
診察室から出てきた達夫はため息をついて近くの椅子に座った。するとそこに立っていた看護婦がまた冷たい表情を崩さずに言った。
「例のお花や果物を河野さんのベッドの横に置いたり、ナースに渡している女性ですが、今日も来ていますよ」
達夫は立ち上がって言った。
「わざわざ教えてくださってありがとうございます」
看護婦は冷たく笑って言った。
「どういたしまして」
達夫は言った。
「名前ってわかります?見舞いに来てるなら書いているかと思って」
看護婦は言った。
「ええ、わかりますよ」
達夫は看護婦が手帳に書いた名前を見て目を見開いて言った。
「…ッ!ま…まさか…!?」
勇気がトイレからベッドに戻ると、勇気のベッド横の机に花を飾っている女性がいた。年齢は40代後半くらいから50代前半くらいに見える。肩まで伸びる茶髪にはパーマがかかっている。服装は青いジーンズに茶色い皮のジャケットを着ている。勇気は笑顔で女性に近付いて言った。
「おばさん、ひょっとしていつも僕のベッドの横に花を飾ってくれたり、果物をお見舞いにくれたりしていませんでした?」
女性は目を泳がせて迷っていたが、目を瞑り、何かを決心した面もちになると、笑顔で答えた。
「ええ。花を飾っていたのも、果物を置いていったりしていたのも私よ」
勇気は満面の笑みになって言った。
「よかった!会えて!いつもおばさん、僕に会わずに帰っちゃうんだもの!どうして会ってくれなかったの?何か事情が?」
女性は戸惑うような表情でうつむいて言った。
「ご…ごめんなさいね、ちょっと事情があって…ね」
勇気は首を傾げて言った。
「まあどっちにしろおばさんと会えてよかったよ。」
「そう。それはよかった」
女性は優しく笑んで言った。勇気は言った。
「そうだ!おばさんが買ってきてくれたんだし、せっかく会えたんだから果物食べていってよ!おばさん何が好き?」
女性は言った。
「私は何でも好きよ。いつでも買って食べられるし。だから勇気くんの好きなものは一人で食べるといいわ。そのためのお見舞いなんだし」
勇気は顎に指を当てながら言った。
「そうだなあ。それなら僕今はメロン食べたい!でも一人だと量が多いし、おばさんも食べていってよ!」
女性は根負けして言った。
「そうね。もらおうかしら。」
勇気はあっと口を開けて言った。
「ああ!包丁がない!どうしよう!」
女性は言った。
「大丈夫、ちょうど知り合いの見舞いで使ったから持ってるわ」
女性は紙袋から薄いまな板と刃にカバーのついた包丁、軽いプラスチックで出来た皿、つまようじなどを取り出して、机にまな板と皿を並べてメロンを切り、切れ目を入れて更に食べやすく工夫して、勇気の前に差し出した。
メロンを食べる勇気。勇気は笑顔で言った。
「熟してて柔らかくて甘い!おいしいメロンだね!」
女性も食べて言った。
「包んでもらう品種にはこだわったつもりだけど、本当に甘くておいしいわね。よかったわ」
勇気は笑顔で言った。
「買ってきてくれてありがとうね!おばさん!」
「どういたしまして」
女性も微笑んで言った。女性は腕時計を見て言った。
「そろそろ時間だから行くわね。」
勇気は言った。
「また来てね!絶対だよ!」
女性は笑って言った。
「わかったわ」
女性が病室から出てくると達夫が壁にもたれて立っていた。達夫は言った。
「17年前別れた息子との感動の再会ってヤツか?
美知子は顔をしかめて言った。
「嫌な言い方ね…達夫…」
達夫は眉根を寄せて言った。
「嫌な気分にもなるさ。2人の息子を捨てて17年放っておいて、息子に死が迫った今頃見舞いを贈って再会する母親を見たんだからな。テレビなら感動のシーンかもしれないが、実際に立ち会う側はたまったもんじゃない」
美知子は苦しそうな表情で言った。
「あなたたちにはかわいそうなことをしたと思っているわ」
達夫は言った。
「そりゃあそうだ。そうでなきゃ困る。子供を捨てておいて罪悪感も感じてないなんて、子供にとってこれほどショックなことはないからな」
美知子は目を伏せて言った。
「あなたたちは望まれて生まれたわ。それは確かよ。夫婦生活が続かなかっただけよ。あなたたちのせいじゃない」
達夫は言った。
「まああの親父と祖母だ。あんたの苦労はわかるさ」
「達夫…!」
達夫は憎々しげに言った。
「だがな!だからって子供を捨てた罪が軽くなるわけじゃない!」
美知子はうつむいた。達夫は言った。
「別に勇気に会いに来るなとは言わないし、見舞いを持ってくるなとは言わない。だが今更母親ヅラするのだけは許さない。俺が言いたいのはそれだけだ」
達夫は早歩きで去って行った。
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