恥じらい
男は困り顔で子供に近寄り、頭を撫でながら言った。
「…悪かった。怒っているわけじゃないんだ。落ち着いてくれ…」
子供は震えながら泣きながら振り向いた。
(重症だな…相当キツい虐待を受けていたらしい。叱られることや暴力にトラウマがあるようだ。)
男はしばらく子供を撫でながらあやしていたが、なかなか泣きやまない子供が気になるものの、明日は仕事があるため、とりあえず風呂を沸かすことにした。トイレと風呂が一体化した部屋に行き、浴槽に栓をして、蛇口を温水にしてひねり、浴槽に湯が貯まり始めたことを確認して、子供のところに戻った。子供はまだぐずついていたが、CDプレイヤーのスピーカーの前の椅子に座り歌を聞いていた。子供は少し落ち着いたようだった。子供の前に行き、しゃがんで子供を見つめ、撫でながら男は言った。
「さっきはごめんな。びっくりしたな。悪かったよ。お前を怖がらせるつもりはなかったんだ。」
子供は男の目を見つめていた。子供はすぐに恥ずかしそうに目を反らし、膝と膝とをこすり合わせ、股を押さえた。
「トイレか?」
男は言った。子供は頬を少し赤く染めて頷いた。男は風呂とトイレの一体化した部屋へと子供を招き、トイレの使い方を教えた。
「一人でできるよな?」
男は聞いた。子供は膝と膝を合わせながらこくりと頷いた。部屋から出て、机などを移動させ、布団を敷く男。ちょろちょろという排尿音が聞こえる。男はまずい、と思った。一人暮らしのために布団が1セットしかなかったのだ。男は仕方ない、と自分用にバスタオルを敷き、クッションを枕代わりにすることにした。
(布団で眠れないのは嫌だが、服を着て眠れば風邪は引かないだろう。)
子供は恥ずかしそうに部屋から出てきた。男は言った。
「手は洗ったか?」
子供はこくりと頷いた。男は微笑み、子供を撫でて言った。
「よし。よくやった」
子供は相変わらず恥ずかしそうに男を見上げていた。男は浴室を確認した。湯は子供が浸かるのに最適なくらいまで入っている。男は蛇口をひねり、湯を止めた。男は言った。
「風呂入るか?」
子供は首を横に振った。
「頭気持ち悪いだろう?数日間入ってないみたいじゃないか。髪も洗ってやるよ」
子供は恥ずかしそうに男を見つめていたが、自分の頭を触ると、渋々といった感じで頷いた。男は言った。
「じゃあまず服を脱げ」
「え…」
たちまち子供はかああと顔を赤くしてもじもじした。男は不思議そうに言った。
「うん?別に恥ずかしがることないじゃないか」
子供は顔を真っ赤にしながらも目を閉じ、黄色いTシャツを脱いだ。起伏のない幼児の体だ。Tシャツで隠れていたところに青いアザなどがいくつかある。
(痛々しいな…)
男は苦々しい表情になった。子供はそのまま黒い半ズボンも脱いだ。ピンクの女児パンツを履いていた。男は目を見開いて驚き、咄嗟に目を逸らした。
(なんてことだ、名前が名前だからてっきり男の子だとばかり思っていた…女の子だったのか…)
男は息を呑んで考えた。
(いや…待てよ、別に問題なんてないじゃないか。5歳の女の子だ。変に意識する方がおかしい…。)
男は決心して子供を見た。そこには起伏のない幼女の裸体があった。子供はとても恥ずかしそうに股間を隠している。男はまた勢い良く目を逸らした。
(いや、だから!俺が動揺してどうするんだよ!5歳の女の子なんだから別に娘と風呂に入る感じでいいじゃないか!)
男は自分に暗示をかけつつ子供の顔だけを見るようにして言った。
(娘…娘だ…この子は俺の娘…)
「よし、風呂に入れ。ここには体を洗うスペースが浴槽しかないから、体を洗う前に風呂に入るんだ」
子供は真っ赤な顔のまま頷いた。子供は股間を隠しながら浴槽をまたごうとしたが、足が届かず、浴槽の上のところに足を乗せて入ろうとしてつるっと滑ったので、咄嗟に男は子供の両腋を持って抱えるようにした。子供のつんとした乳首に指先が当たる。男はドキドキしながら子供をゆっくり風呂に浸けた。男は動悸を抑えながら聞いた。
「湯かげんはどうだ?そのままだと子供には熱いと思って水を入れてぬるくしておいたんだが」
子供は相変わらず顔を真っ赤にしてうつむいたまま、小さな声で
「大丈夫…」
と言った。男は子供の肩に手で湯をすくってかけてやった。男はようやく落ち着いてきて、子供の体をもう一度見た。青いアザの他には擦り傷なども多い。首にも強く締め付けたような跡がある。手首や足首にもだ。縛られたりしたこともあったらしい。男はたちまち表情が曇った。
(相当…ひどい虐待を受けていた…らしいな…)
男はまた子供の肩に湯をかけて言った。
「そういえば勝手に連れてきて自己紹介がまだだったな…まあ誘拐犯が自己紹介ってのもおかしいんだが…」
子供は上気した顔で男を見上げて小さな声で言った。
「誰にも、言いませんから…あなたのこと…大丈夫です…」
男は湯で濡れた手で頭をかきながら言った。
「いや…まあ…でも誘拐だからな…」
子供はうつむいて言った。
「おばさんに叩かれるよりは、首を締められるよりは、あなたといる方がマシです」
「そ…そうか…。」
男は複雑な気持ちで苦笑いして言った。
「俺の名前は
「はい…
男は感心して言った。
「名前が丁寧語でちゃんと言えるなんてすごいな。」
子供はうつむいたまま小声で答えた。
「いえ…それほどでもないです。」
男は思った。
(5歳にしてはいくらなんでも大人びすぎだな…人見知りとかはあるが…虐待や叱咤によって矯正されてしまったんだろう。子供らしさの方が少ないくらいな気がする…)
達夫は京の肩に手で湯をかけながら言った。
「お前は虐待を受けていたらしいが、自分の家に帰りたいとは思っているのか?」
京はうつむきながら小声で言った。
「思ってないです」
達夫は目を細め、神妙な顔で少しの間黙り、言った。
「京、お前は、どうしたい?」
京は少し驚いたのか、目を見開いて達夫を見た。達夫は言った。
「児童相談所に相談すれば、虐待問題に対応してもらえるはずだ。お前は嫌かもしれないが、施設に入れば確実に虐待から逃れつつ、学校にも行ける。」
「捨てないで!」
京は達夫の湯をかける手を両手で強くつかんで達夫をまっすぐ見て言った。
「捨てないで…」
京の目には涙があふれていた。達夫は空いている手で頭をかいて困り顔で言った。
「…本気か?俺は誘拐犯だぜ?」
「それでもいい…」
京は言った。
「家に帰るのは嫌…知らないところに入れられるのも嫌…」
京は泣いていた。涙が頬を伝って風呂にぽつぽつと落ちる。達夫は困り顔で言った。「家も施設も嫌か。親戚の家には入れないのか?」
京は鼻をすすり、涙を拭って言った。
「…前に心当たりのあるところに行ったことがあります。泊めてくれたのは1日だけで、その人はおばさんに話はしたけど、すぐに家に帰されました。…私を引き取る余裕はないって。おばさんからはさらにきつくお仕置きされるようになりました」
達夫は眉根を寄せて言った。
「ひどい話だ。せめて児童施設に隔離でもすればよかったのに」
京は手を離し、またうつむいて言った。
「正直、おつかいの途中であなたに声をかけられた時、私期待しちゃったんです。」
「ひょっとしたら今の現実から連れ出してくれるんじゃないかって。いつだってそうです。いつだってそうやって人に期待しちゃって、でも決してそんなことはなくて…。バカみたいですよね。叶うわけない夢を期待して、勝手に裏切られてる…」
達夫は京の手を握って言った。
「裏切らない」
達夫は京の手を強く握って、まっすぐ京の目を見つめて言った。
「俺は裏切らない。今度こそ、信じていい」
京は達夫の目を見つめていたが、しばらくすると目を逸らしてうつむいて言った。
「そうだと、いいですね」
達夫は思った。
(人を信じたいけど、信じられなくなってしまったんだな。かわいそうに…)
達夫は眉根を寄せて京を見つめていたが、手を離し京の肩に湯をかけた。
「…そうだな、そろそろ湯も少し冷めてきたし、体を洗うか。それとももう少し風呂に入っているか?」
京はうつむいて言った。
「いえ、お風呂はもういいです。…あんまりお風呂にいい思い出がないので…」
「そうか…」
達夫は京の過去を察して苦々しい顔をして言った。達夫は浴槽の栓を抜き、湯を流しながらシャンプーで京の髪を洗った。
「かゆいところあるか?」
京は目を瞑って言った。
「そこらへんです。すごく気持ちいいです」
達夫は安堵して言った。
「そうかなら良かった」
達夫はシャンプーが泡立たないまま髪を一度泡でこすった後、温かいシャワーで流し、もう一度シャンプーで洗ってやり、リンスで仕上げた。達夫は大きなスポンジに水を含ませ石鹸を密着させて泡立て、京の背中をこすってやった。京は目を瞑っていた。腕も洗ってやろうとした時、京はその手を掴んで顔を赤くして言った。
「ま…前は自分で洗えますから!」
「そ、そうだよな」
達夫は頭をかいた。京はスポンジで体をこすり始めた。達夫は聞いた。
「もう一人で全部できるか?」
京はちょっと見つめてから目を逸らして頷いた。
「シャワーのボタンはこれだからな。何かあったら言えよ?あと、足を洗う時は片方ずつ洗え。滑るからな」
達夫は浴室を出た。達夫はバスタオルと着替えを用意しようとして困った。子供の服なんてなかった。仕方なく自分の服を探したが、あいにく綺麗なものは男物のYシャツくらいしかなかった。
(かわいそうだが上に着る物以外は脱いだものをもう一度身に付けてもらうしかないな。)
達夫は浴室まで聞こえるくらいの声で言った。
「入るぞー」
浴室のドアを開ける達夫。浴槽の中に入ったカーテンの中に京のシルエットがあった。カゴの中に着替えとバスタオルを置き、床にもバスタオルを敷く。達夫は言った。
「着替えとバスタオルを用意した。体を良く拭いて着替えろよ。特に頭はしっかり拭いておけ。後でドライヤーで乾かすけど」
「はい」
京はすぐに答えた。達夫は浴室から出て、明日の仕事や寝間着の準備を始めた。
(スーツOK。YシャツOK。下着OK。部屋着OK。鞄の中身もOK…よし)
達夫は次に京の分の歯ブラシを探した。
(確か以前出張先のビジネスホテルでもらった奴が…あった、これだ。子供には大きいし硬いけど仕方ない。力を入れずに磨くように言おう)
浴室からダボダボのYシャツと半ズボンを着て上気した顔で京が出てきた。Yシャツが少し透けて、体のラインと乳首が透けている。達夫はごくりと息を呑んだ。
(…いや、5歳の女の子だっての)
達夫は言った。
「よし、髪を乾かそう」
京はこくりと頷いた。ドライヤーをコンセントに挿し、電源を入れ、京の髪を乾かす達夫。京はおとなしくしていた。達夫は微笑み言った。
「京の髪、さらさらだな。今までちゃんと洗えてなかったのがもったいないくらいだ」
京は頬をさらに赤くして言った。
「そうですかね…」
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