気になるあの娘が飛び降り自殺
人平 芥
彼女の親友、結草言音の場合。
彼女が死んだ。
その話を聞いた時、僕は真っ先に
結草さんは彼女の一番の親友だった。話を聞きたいと、そう思った。
「――結草さん」
「あ……
彼女の通夜からまだ一週間も経っていないのに、
「その、大丈夫なの?」
「……委員長なんだもの。そう何日も休んでるわけにはいかないわ」
「……そっか。うん、そうだよね」
それ以上、何も言わなかった。
もし、結草さんが学校に来ることで気を紛らわせているのだとしたら――それはそれでいいと思うし、とやかく言うことでもない。
今の結草さんは、ヒビの入ったガラスのようなものだ。少し衝撃を与えるだけで、その心は砕け散ってしまう。
今日はやめておこう――そう思った時だった。
「私にも、わからないんだ」
「え?」
「一深がなんで自殺なんてしちゃったのか、全然わからないの。あの日は一緒に登校して、昼休みには一緒にお弁当を食べて……私の作った玉子焼きを美味しいって言ってくれたっけ」
まるで遠い遠い日のことのように。
結草さんはとつとつとあの日のことを話し始めた。
「一深ね、笑ってた。すごく楽しそうだった。とても……今から死んじゃうようには見えなかったの。ねぇ、どうしてなのかな? わからない、わからないの」
……先生の話によると、彼女は遺書を残していなかったらしい。
そのため最初は事故や事件の線も考えられたらしいが、彼女が一人で屋上へと続く階段を昇っていく姿が目撃されていたこと、彼女が自分で屋上の柵を乗り越えたとみられる跡が見つかったことから、自殺だと断定されたそうだ。
それはともかくとして、遺書がなかったということはつまり、彼女は最後に死ぬ理由を語らなかったということ。誰にも――唯一無二の親友にさえ何も言わず、彼女はこの世から姿を消した。
自分を信用していなかったのではないかという彼女への疑心。
彼女の様子の変化に気づけなかった、助けられなかったという自責。
そして何よりも、彼女を追い詰めた明確な『悪』が定かでない不安。
大切な友人を信じていたいという気持ちが、結草さんを苦しめている。今の結草さんには、自分以外に責められる相手がいない。
わからない――何が悪いのか。
わからない――何が悪かったのか。
「一深は誰よりも強かった、強い心を持ってた。臆病だった私をいつも助けてくれて、私にとって一深は、ヒーローみたいな存在だったの」
「……うん、わかるよ」
彼女はいつも、笑っていた。
真っ直ぐに、純粋に。造り物ではない本物の笑顔を、彼女は持っていた。
人というのは基本的に、簡単に自分を曲げられる、弱くて卑しい生き物だ。けれど、彼女は決して自分を見失わなかった。僕の目には、彼女の笑顔がとても輝かしく映っていた。
あれは、本当に強い人だけが持つ光だ。
「それでかな……そんなヒーローが何かに敗けちゃうなんて、とてもじゃないけど信じられなかった。私の中で一深は絶対になっていて、いつの間にか、対等じゃなくなっていたのかもね。私は一深のことを直視できなくなってて、きっと一深も……」
「いや、それは違うよ」
「え……?」
「結草さんといる時の那奈代さんは、普段より何倍も明るかった。とても、楽しそうだった。それだけは間違いないと思うよ」
それは、目を背けたくなるほどに。
結草さんと喋っている時の彼女は、一段と輝いていた――美しかったと言ってもいい。
おそらくあれが、彼女が真に自分の全てをさらけ出す瞬間なのだろう。
彼女にはたくさんの友人がいたが、あの笑顔が見られるのは結草さんと一緒にいる時だけだった。結草さんにとって彼女が特別だったように、彼女にとっても結草さんは特別な存在だったのだ。
だからこそ、僕は一番に結草さんに会いに来たのだから。
「…………そうね。あなたが言うのなら、きっとそうなのかもね」
「へ?」
「ありがとう。おかげで、少しは気分が楽になったわ」
「ちょっと待って、さっきのどういうこと? あなたが言うなら、って?」
「え? いや、だって――」
先ほどよりも幾分か晴れ晴れとした顔で。
結草さんは当たり前のように言った。
「卯城くん、一深のことが好きだったんでしょ?」
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