第3話「人形の誇り」28

 立ち上がり、勢い良く腕を向けた。同時に腹も大きく揺れる。しかし、そのような事などどうでも良かった。気にしている暇が無かったのだ。

 三者三様の反応、では無い。三人がほぼ同じ反応だ。ただセルディが一番大きく口を開けているくらい。

 グンが腕を、指先を向けているのは隣に座すメルタ。物憂げに目を伏せているが、ほんの少し間を空けて。


「……メルタ、と申します。旦那様の身の回りのお世話を担当している人形でございます」


 ゆっくりと、そして丁寧に深々とお辞儀をする。釣られて三人もお辞儀を返す訳だが、まだ事態を把握出来ていない模様。頭の上に浮かぶのは疑問符ばかり。どこからどう見ても『人間』にしか見えないメルタが『人形』だとは到底思えない。


「に、人形が会話する、だと……?」


 やはり、一番反応を示しているのはセルディだ。まさに驚きを隠せない、といった表情。しかしそこには訝しむような、疑うような視線も含まれている。


「ん? 手の内は晒さないぞ?」


「いらねえけどよ……本当に会話出来るのか……?」


「まあ驚くのも無理は無い。あくまでも人形だからな。言ったろ? 私は戦闘用の人形など作らない、と」


 メルタの頭に手を乗せて数回優しく、全く力を入れずに撫でるように叩く。


「お前は……人間を作るつもりか……? そんなの――」


「禁忌だって言うのだろ? わかっているとも。だからこそ、私は人形を作った。メルタという、試作であり完成まで共に歩み続ける大事な家族を」


 そう、彼の言うようにメルタはあくまでも人形である。

 しかし、相変わらず昴には全く以って理解し難い会話が続く。メルタという女性が人形であるという事実もそうだが、何やら人形遣いとしてのルール、掟のような話も。ちらりと横を見たがレイセスも同様に着いていけていないようだ。

 そんな二人など気にしていないようで、言葉は続く。


「だから私は家督を継がせないだとか、変わり者、などと言われるのだがね……自覚はしているのだよ?」


「なるほど……なら聞いておくぜ。オレが聞いても仕方ないかもしれないけど。お前は何を目指してるんだ? 戦闘以外で何を人形に求める?」


「ふむ。簡単な話だ。人形との共生、だな。物ではなく、ほぼ人として扱いたい。まあ家族とは言うが子を成せないのは……おっとすまない口が滑ったようで」


 真面目な空気が苦手なのか、そう言って逃げ道を作った。恐らくレイセスに向けて使った言葉だったのだろうが、そんな彼女は難しそうな顔をして首を傾げているではないか。どうやらまだメルタが人形であるなどとは信じられないらしい。


「あ、ごめんなさい。なんですか?」


「……何でもないですよ、何でも。ところで何か疑問でも?」


「えっ……はい、あの。やっぱりどうしても彼女が人形のようには見えない、というか……お話も出来ますし、ちゃんと理解していらっしゃるようですし」


「それは作り手としてはとても喜ばしい事です。ええ、まあ見た目わからないように作っていますので……服を脱がせばわかるのですが、如何せん私にも情があります故。ここは秘密という事で」


「見てみたい気もするけどなぁ……」


 小声で。つい心の声が漏れてしまった昴。慌てて口を塞ぐが手遅れだ。顔を赤くしたレイセスが何か言いたそうに口をパクパクしている。うっすら涙も浮かべているような。


「まあ男には見せる気はないのだがね。ハッハッハ」

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