第2話「異世界での生活」40

 ここで輝く物と言えば月と、犯人の持つ得物のみ。そのはずだった。だからこその回避行動であるし、危険を察知して身を引こうとしているのだ。しかし、そこには一つだけ盲点があった。

 倒れ込む。その姿はまさに崩れ落ちる、という表現がしっくり来るであろう。得物を取り落とし、まるで電池が切れたかのように。


「……」


 しかし地に伏したのは昴ではなかった。胸に突き刺さる両刃の剣。そしてその背後に立つ、セルディ。


「お前……これ、刺さって……!」


 目の前で人体に刃物が刺さっているのを見る事など無かった昴はどう反応すべきか分からず慌てながら数歩下がり、冷静じゃない頭でどうにか口を動かそうともしてみたが言葉が出ない。

 そう、倒れているのは先程まで猛攻を繰り出していた犯人なのである。その胸の中心に、杭を打つように突き立てられた剣はセルディの物。皆まで言わずとも彼が刺したのだ。

躊躇もなく、一突きで、犯人の命を――


「……思った通りだ」


 言いながら無表情で剣を引き抜くと、真っ赤な血が流れ――


「なにも……ない?」


 ――出なかった。ただそこにあるのは穴。宵闇で中身は見えないが、穴だ。血液が噴出するという訳でもなく、自動で修復される訳でもなく。黒々とした細い傷跡が鎮座しているのみ。


「お、おいこれどういう事だよ……?」


「見て分かんだろ」


 剣を鞘に納め、倒れた犯人を足で転がす――見ていて気分の良い物ではないが――。それから制服の上着を破るように引き裂くセルディ。まるで追剥のようでもあるが、これにはどういう意味があるのだろうか。未だ理解の追い着かない昴を尻目にセルディは溜め息を吐く。それにはどこか怒りが含まれているような。


「こういう事だ」


「これは……」


 上着を剥ぎ取り、露になった上半身。あれ程の体術を披露したのだ。きっと鍛え抜かれた肉体なのだろうと思ってはいた。が、そのような事はなかった。そこに広がるのは無機質で金属のような板。彩度の低い緑、青銅のような色だろうか。見えている胸や腹、首も腕もそれ一色。まるで人間の体ではないようだ。


「人間じゃ、ない……?」


「ああ。こんなのが人間な訳がねえ。ふざけやがって」


 そう言うとセルディはその犯人を肩に担ぐ。何処かへ持って行こうとしているのだ。


「そいつ、どうすんの……?」


「話を聞きに行く」


「誰に?」


「決まってる」


 どうやらセルディには心当たりがあるらしい。無言でそれを担ぎ、ひたすら先へ。

 昴は急展開に頭に疑問符を浮かべ、それでもセルディの後を追う事だけは忘れなかった。これからどうするのか思考が働かない。


「クソッ……誰がこんな……!」


 セルディの小さな悪態は風に流され、誰の耳にも入る事はなかった。

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