第2話「異世界での生活」36

「こっの……動くなよ!」


 柱や木々の間を掻い潜る様に走って逃げる犯人に対してセルディは背中に悪態を投げ付ける。追い着けそうで追い着けないもどかしい距離。攻撃を仕掛けようにもこの間合いでは正確に剣を振る事は難しい。だが嘲笑われているようで癪なので、行く手を阻もうと地面を抉って土塊を飛ばしたり木々をなぎ倒したりしているのだが、それすらもすり抜ける。


「だけどな……この先はそうもいかねえはずだぞ!」


 セルディは何となくではあるのだが誘導していた――あくまでもつもりである――。追い回しながら、開けた場所へと。建物は近くに無く、ただ広く、芝が敷き詰められた空間。実験棟付近にある演習場と呼ばれる場所だ。戦闘学の実地授業や屋内で出来ない実験をこの場所でする事が多く、建物の耐久性や周囲の防音性なども抜群である。

 月明かりに照らされてはいるが、その犯人の顔は見る事が敵わなかった。制服を着た男子生徒である、というのは確定だろうが、顔には覆面のような物を被っており目元だけ切り抜かれているような状態だ。


「誰だ? 今ならまだ痛い目見ないで済むぜ」


 煌く剣先を向け威圧するが当の本人は一切動じない。さすがは学院の生徒という事だろうか。むしろ立ち向かって来るであろう気配すら感じる。しかし彼の手には何も無い。素手か、はたまた魔術か。


「どうする? オレはまだ動かないでいてやる。好きな方を選べ。その場に座り込めば何もしない。一歩でも動いたら――」


 柄を強く握り込む。ゆっくりと足を引きいつでも斬りかかれる体勢に。たとえ相手が武器を持っていないとしてもここは学院の中。魔法だろうがなんだろうが隠し持っている可能性は高い。しかし自分とて戦闘学を学んでいる身だ。負けなどあり得るはずもない。

 静寂の中、犯人が右膝を折った。降伏しようと言うのか。

 しかしそれを受けて、セルディも自分で言ってしまった手前、下手に動く事が出来ない。

 その膝が地面に到達しようとした時だ。


「気を付けろ! そいつ――」


 遠く、後方から昴の声。同時だった。犯人が下から飛び上がるように襲い掛かってきたのは。その手には小さな煌き。

 短剣か何かか。考えるよりも先に体が動いていた。迫っていたものを剣の腹で弾く。顔の横を滑る右腕には目も暮れず、本人の腹部へと強烈な蹴りを見舞う。人の肉体にしては固い。しかし、この感触はどこか身に覚えがあるような。


「硬化か……? それとも筋力強化の類か? どっちにしろ、お前はオレを敵に回した。それがどういう意味か、ここで教えてやるよ!」


 捕らえる、という目的など後から果たせばいいとでも言いたげな表情だ。

実際にセルディは戦えるならば面白い、とも言っていた。だからこそ昴はこうして物陰に身を隠して様子を伺っているのだ。勿論ただ見ているのではなくどうにかタイミングを見計らってこの縄を掛ける為。成功するか定かではないが。やるだけやってみよう。失敗した時の事はその時に考えれば良いのだから。

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