第2話「異世界での生活」33
赤々と燃え滾る炎。どういう理屈でそれを操っているのか、そもそも熱くないのか、しかし昴にはそんな事はどうでも良かった。これが自身への攻撃である事が分かっているからだ。少なからず敵意を向けられている事も。
「お、おいそれはシャレにならんって……!」
昴には防御魔法がある訳でもなければ特殊な装備で炎を防げる訳でもない。あくまでもただの高校生――異世界に来てしまってからもうそれは通用しないのかもしれないが。しかしそんな悲痛な叫びは届かず、掌から放たれた炎の弾。避けるにしても後ろは書籍の山。身動きを取るのも難しいし引火してしまったらどうなる事か。
(あれ、これ避けたらアイリスのせいになる……?)
危険な状況だというのにも関わらず何故か昴の頭は冷静に。もしここが燃えてしまえばその責任は多かれ少なかれ自分にも来るだろうが、燃やした張本人はアイリスという事実が出来上がってしまう。しかもアイリスは不良生徒として認知されており、その弊害で小火事件の犯人に仕立て上げられても可笑しくは無いだろう。それだけは、駄目だ。迫る熱気にも、固く目を閉じ一切動こうとしない。
(どっちにしてもアイリスが加害者になっちゃうけど……耐えれば良いんじゃね? ……途中でキャンセルとか出来ないよなぁ)
大体の距離と速度で言うのなら既に昴の体は炎に包まれていた頃だろうか。しかし、一向にその気配はない。むしろもう痛みすら感じない状態になってしまったのだろうか。視界は暗い。それもそうだ。目を閉じていたのだから。ゆっくり恐る恐る目を開く。ついでに手も動かしてみたところ、平常稼動だ。
「うおっ……!?」
視界に飛び込んできた光景に驚き数歩後退してしまう。まず目にしたのは飛来していた炎の弾が徐々に霧散しているという事。遅れて理解したのが自分の目の前に薄い壁のような何かがあるという事。その壁に衝突し火花を散らしたりもせずにただ炎が小さくなり、消えていく。
「スバル! 大丈夫ですか?」
駆け寄ってきたのはレイセス。その左手にはうっすらと光。
「おぉなんとか……これはレイが?」
「こういうのは得意なんですっ」
自慢げに胸を張るレイセスに昴は引き攣った笑みで返す。目の前では既に炎がどこかへと消され、向こう側に落ち着きを取り戻したらしいアイリスが立ち尽くしているではないか。
「防御魔法の中でも相当技量の高い……ふぅん……アタシの炎でも破れないもんなんだね……」
「お、落ち着いたか……? 俺は悪くないんだぞ? 寝惚けてるからだぞ?」
壁の中からびくびくしながらの抗議。あの炎が再び飛んできてこの壁に衝突したとしても昴は驚くだろう。
「ああはいはい……まあさっきのはアタシも悪いと思ってるから、その……寝てたのは忘れて欲しいんだけど」
頬を朱に染めながらそのような事を言われれば首を縦に振らない男など居ない訳で。
「それじゃあ無かった事に、だな。助かったぜ……」
その二人のやり取りにレイセスは少しだけ膨れつつも壁を解除。
「それで、何をやってたんだ? ここに面白い物は無いよ?」
「ここに何があるのか知ってるんですか?」
「ああ。大体が教科書で……古くても十年、二十年くらいじゃなかったかな」
地面に落ちたままの布数枚を回収し鞄へと放り込む。それから適当に本を持ち上げ叩いて見せる。
「詳しいな。意外と勉強出来るのか?」
「……暇で漁った」
「あーそういうね……」
納得である。アイリスが資料棟に入り浸っているというのは少なからず知っているが、この何もない空間では寝ているか資料を漁るかしかないのだろう。昴の世界であれば色々と暇潰しのツールもあるのだがこの世界には存在しないらしい。
「それでどんなのを探してるんだ? アタシの知ってる範囲なら教えられるけど」
「いや特にこれと言って探してる訳ではないんだ……とにかく古いのがあったら良いかも」
「んー……それだったらアステリア城の書物庫か町の古書店かな。書物庫の公開は年に何回かあるけど不定期だったね」
「ええ、次は当分先だったはずですよ」
城と言えばそうだ。レイセスの実家――この表現が正しいのかは分からない――の事である。それなら居住者が知っていて当然のはず。
「そうなのか。だったら町の古書店に行ってみると良いよ」
「おうありがとう。と言うかアイリスって本好きなの? てっきり不良なら不良らしく勉強嫌いを貫いてるのかと思ったけど」
「……別にそういうんじゃないけど……それじゃアタシは帰るよ」
何か含むところがあるようだったが深くは聞かない。それ以前に背中を見せられてしまったので聞けなかった、と言うのが正しいのかもしれないが。
「俺たちも帰るか。……どうした?」
「スバル、あの人と話すの楽しそうでした……」
「そ、そうか……? 普通だよ」
「そうですよね。私の気のせいかもです」
どことなく仲間外れになっていたかもしれない、と反省する点が見付かったがどう切り出すべきか。並んで歩きながら考える。レイセスのように言葉をそのまま信じてしまう純粋な子にはこうするのが良いだろうか。
「俺はレイと話すのも楽しいから気にするなって」
効果は覿面。すぐに顔を明るく、いつもの笑顔だ。
「はい! 私もです!」
勿論昴の放った言葉は嘘偽りの無い本心である。
*****
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます