第2話「異世界での生活」26
夜の見知らぬ土地というのは何故だかいつも以上に不安が募る。
地図とペンを携えた昴は、なるべく人目につかないような道を選びながら歩いていく。寮にも様々な種類があり、全体的にどれも金が掛かっているように見えるのだが外装が剥がれていたり亀裂が走っていたりと手入れに抜けがあるように思える。入寮者の質も関係しているのだろうか。
「ここまでが大体十分くらいだから……普通のルート通ればもう少し早められるか」
地図上に書き記すのは移動した大まかなルート。曲がりに曲がって、隠れながら移動しているがそれでも実際に歩いてみるとそれ程距離があるようには思わなかった。思っていたよりも早く、学生寮エリアの探索は終わりそうだ。
「これなら明日はもうちょっと範囲広げても大丈夫だな……」
男子寮と思しき箇所は八つ。これに全生徒が収まっているのかと思うが、実際には近くの町に住んでいるという場合もあるようだ。それなりの家賃を支払わなければ住む事は敵わないという事。
「うーん……何ら変わった事は無さそうだけど。わざわざ人の居るような場所に放火なんてするのかねぇ」
今宵はこんな物で止めておこうと地図を見てから引き返す。ふと、空を見上げる。二つの月と知らない星たちが支配する空。時折感じてしまう孤独な感覚。今を受け入れようとしていても、やはりどこかでこれは現実ではないのではないかと思う自分。木陰に身を置きながらそのような事を考える。
「あーもう! 夜だからな! 仕方ねえけどやめだ!」
一人になるといつもこうだ。気丈に振舞っていてもたまにこうなってしまう。そんな自分が嫌いだ。だからこそ頬を叩き気合いを入れ直す。すると背後から物音。それこそ枝を割るような。
「……」
地図とペンを懐に仕舞い込み警戒する。自身に対する襲撃だとは思えないが、まさか犯人に気付かれたのかと。身構える昴。相手には魔法が使えるが、自分にはそのような芸当は不可能。あるのは肉体のみ。
「動くな。動いたら腕を落とすぞ」
「なっ……!?」
しかしその警戒は的外れ。いつの間にか背中を取られていたらしく、今首筋には冷たい物が宛がわれているではないか。直感的に悟る。刃物だと。
「膝を着いて手を挙げろ。よーしそのままだ」
言われたように動くと、襲撃者の足が目の前に。顔を上げるとそこに居たのは――
「なんでお前なんだよ!」
「それはこっちの台詞だ! 良いからこれ下ろせよ、危ねえな!」
「ったく紛らわしいな……」
――なんと昴の首筋に刃を押し付けていたのはセルディだった。濃い緑色のローブを身に纏い、中にも黒っぽい衣服。腰に差した小振りな剣。それが妙に似合っている。彼も昴と同じように犯人探しだろう。
「犯人探しだよな」
膝に付着した土埃を払いながら立ち上がると昴は質問を投げ掛ける。
「それ以外ないだろ」
「だよな。ならどうだ? 手を組むってのは……お、おい! どこ行くんだよ?」
「一人でやるからお前と組む気はねえよ」
「まあ待てよ。これは取引だ」
咄嗟に昴は作戦を思い付く。それを実行するのにはセルディの“力”が必要だ。
「一応聞いてやる」
「簡単だよ。俺は情報を持ってるし、紙とペンもある。これで回れば時間掛かるかもしれないけど分析は出来るぜ」
元々そのつもりだった。エリア毎に周り、自分用の地図を作り上げながら捜索範囲を縮め、最終的には犯人を突き止める作戦だ。更にモルフォから貰っている情報によって過去に発生した事件の位置と照らし合わせる事も可能。簡単な頭脳戦だ。そしてセルディにはその情報を与えていないとモルフォから聞いている。
「それで、もし犯人と当たる事があったらお前が取っちめれば良い。それにお前は昼間でも行動出来るんだろ?」
「まあな。別に授業出る必要ないし」
「そこでだ。昼間は地図を埋めて貰いつつ、夜に合流してまた回るっていう作戦だ。報酬はきっちり二人分用意して貰うさ」
セルディは腕を組みながら考えている模様。この要求を呑むか呑まないか。昴としては昼に行動してくれるのならこの地図を必要以上に作る必要はなく、勉強に専念出来、更には犯人を捕まえる武力行使もやって貰えるというのだから出来れば仲間に加えたい。勿論自分も参加はするが。そこまでの魂胆が隠されている。
「良いぜ。その代わりしっかり働けよ」
「お、話が分かる奴で助かったぜ。それじゃ俺は戻るわ」
交渉成立。ならば今日はここまでにして帰るべきだろう。長時間外にロープを垂らしておくと見付かってしまう可能性がある。
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