第2話「異世界での生活」18

 建物の中は見た目とは裏腹に意外と普通だった。普通、とは言うが昴の感覚が鈍ってきただけなのかもしれない。校舎や寮は煌びやかで明るい豪華な雰囲気だったが、こちらは木製の壁の色合いも相まってとても落ち着いた印象を与えている。広いのは相変わらずだが。


「お帰りなさいませセルディ様」


「ん」


 昴がセルディの後ろで突っ立っていると、左手にあった扉から二つの人影。服装は同じ黒を基調としたもので、所謂執事服と呼ばれていそうなもの。一人は身長が高く、灰色に染まった髪を短く切り揃えた初老の男。セルディに対して恭しく一礼。その隣に付き添うように歩くのは――


(……何だあれ)


 昴にはどう表現すれば良いのか見当が付かなかった。服装こそ男と同じで、外見上人間には見えるのだが。つるりとした真っ白な仮面のようなもので頭部全体を覆っており、止まってからは微動だにしない。まるで生気を感じない目と思しき窪みを見てもそこには深い闇しかなかった。自然と与えられる恐怖感。


「それで、そちらは?」


「ああモルフォに用事があるそうだ。連れてってくれ。俺は寝る」


 上着を脱ぎ、それを男に渡すと去ろうとするセルディ。憮然な態度ではあるが、意外にも投げて渡そうとしないあたりは好感が持てる。


「ご学友ですか?」


「違う」


 男の質問に即答し、自分だけ奥へと消えていく。昴と仲良くしようとは思っていないようで、振り向く事も無かった。残された昴。


「申し遅れました。アレクと申します。クレイ家に代々使えている者で御座います。以後お見知りおきを」


 セルディから受け取った上着を片割れに居た何者かに持たせ、昴に向けてお辞儀をするアレクという男。物腰も柔らかく、とても人が良さそうだ。

 こういうタイプの人間には昴も相手を上に見て振る舞う。高圧的な相手には高圧的に、腰が低い相手にはこちらも低く。敵と味方を見分けるのが得意らしい。


「諸星昴です。えっと、その隣の人は……」


 対して昴も礼をして返すと、疑問に思っていた事を口に出す。これまでに動いたのは歩いている時とアレクから衣服を受け取った時のみ。それ以外では一切姿勢を崩す事無く直立する謎の人物。言うなればロボットのよう。


「“コレ”ですか? コレは私に与えられた人形ですよ」


「人形……?」


 思い当たるのは昨日見たモルフォの出した巨大な機械人形。つまりあれと同じような物なのだろう。どういう理屈で動いているのか全く分からないが。


「ええ。クレイ家は優秀な人形使いの家系でもあり、専属の職人も居ますからね。それでは、モルフォ様のところに案内致します」


 アレクが背中を向けると人形は別の場所へ。人間と見間違うような精密な動き。ただ無駄が無さ過ぎてどこか恐ろしくもある。それが精巧な人形、という事なのだろうか。


「ありがとうございます……」


 昴はこれから連れて行かれる事よりも、感情を一切見せないあの人形の方が気になっているようだった。

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